「せっかく入った今の職場だけれど、自分には合わないかも……」。実を言うと、そう感じている新人看護師は決して少なくありません。しかし、「転職」の2文字が頭をよぎっても、リスクを考えてなかなか動き出せないことも事実。今回は、新卒で入職した病院を1年目で退職し、地域密着型病院へ転職した寺本美欧さんの実体験を伺いながら、新人看護師の転職について考えてみたいと思います。
新人看護師が退職したくなる理由とは?
これまで2つの病院で約3年半の臨床経験を積んできた寺本さん。職場による院内教育の違いを体感したことがきっかけとなり、2019年秋からアメリカの大学院で「成人教育」について本格的な研究に取り組むことになりました。
「同級生の間でも『若いうちは大きな病院で経験を積むのが当たり前』という雰囲気があり、新卒時は迷わず大学病院を第1志望にしました。『最先端の技術』『扱う疾患・病態の多様性』『充実した教育制度』といったアピールポイントに魅かれ、間違いのない選択だと自信を持って入職しましたが、バーンアウトしかけて1年ほどで退職という結果に終わりました」(寺本さん、以下カッコ内同様)
マイナビ看護師が実施した「看護師100人アンケート」(※)によると、寺本さんのように看護師を辞めたいと思ったことがある人は、なんと全体の75%にのぼりました。これだけ多くの看護師が退職について考えるようになった理由は、第1位「仕事が忙しすぎる」、第2位「人間関係のストレス」、第3位「責任の重さと給料のバランスが合わない」の順。ほかにも「教育体制や福利厚生の不備」「自身の適性に自身が持てない」といった意見が挙がっています。
※調査対象:看護師から看護師以外の職種へ転職した経験がある全国20~39歳の男女100人 調査方法:インターネットリサーチ 実施期間:2018年7月20日~7月23日
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大学病院に入職した新人看護師の悩みとは?
寺本さんが大学病院時代に抱いた悩みとは、具体的にどのようなものだったのでしょうか。当時を振り返ってもらいました。
「文字通り、一日中座る間もないほど忙しかったのを覚えています。業務は8時スタートだったのですが、先輩が来る前にパソコンで受け持つ患者さんの情報収集を終えなければならず、7時には病棟に入っていました。残業も多く、帰宅後は夜中まで自己学習も必要で、とてもハードな生活でした」
寺本さんを追い詰めたのは、単なる忙しさだけではありませんでした。寺本さんの勤めていた大学病院では、プリセプターシップでは相性の問題が起こるかもしれないという理由で「職場全員で新人を見守る」というスタンスを取っており、期待していたものとはまったく異なる教育制度だったのです。そのため、教育における責任の所在があいまいになりがちだったとか。
「新人の研修の進捗状況をチェックする表が休憩室の冷蔵庫に貼ってあり、そこへ自分で記入・管理する方法でした。でも、みんな忙しくてその表を見ていません。何ができて何ができないのか、私のレベルを把握してくれている先輩が誰もおらず、気軽に相談できる人がいないという状況はとても苦しかったです」
頑張り続けて、次第に追い込まれていった……
そうした状況の中、入職して1カ月もたたないうちに夜勤に入ることになったり、用語もろくにわからないまま人工呼吸器の管理を担当したりと、大変なスピード感で業務を任されていった寺本さん。自らが受けている教育に決定的な疑問を感じたのは、あるリーダー格の看護師の言葉でした。
「その日に担当する患者さんの病態について徹夜で勉強して看護計画を報告したら、『看護の世界では1+1=2にならないから、そういうことをやっても意味がないよ』とばっさり切り捨てられてしまって……。とてもショックでした。経験を積んだ今なら理解できる部分もありますが、新人に投げかけるべき言葉ではないですよね」
それでもがむしゃらに頑張り続けた寺本さんでしたが、だんだんと精神的に追い込まれていきました。しかし、当時は自らの心身の状況を客観的に判断できる状態になく、「這ってでも職場に行かなくては」と思い込んでいたそうです。そんなとき、寺本さんの変化に気付いてくれたのは、ほかならぬご両親でした。
「もし、両親がストップをかけてくれなかったら、バーンアウトするまで頑張り続けてしまったかもしれません。『新卒1年目での退職は今後のキャリアに響く』という考えも頭をよぎりましたが、心身を病んでからでは取り返しのつかないこともあります。無我夢中で働いていると自らの心身の変化には気付きにくいですから、信頼できる周囲の声に耳を傾けることも大切ですね」
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転職した地域密着病院の教育に救われた
あまり離職期間を開けたくないという思いから、退職を決めた翌々日には転職活動をスタートさせた寺本さん。自身の祖母が勤めていた地域密着型病院に縁を感じて連絡を取り、インターンシップに参加することになりました。
「その際、体裁を取り繕うことなく、私の弱さや失敗もすべてさらけ出して経緯を伝えました。優しく話を聞いてくれる看護部長さんを前に、思わず涙がこぼれたことを覚えています。こんな私を受け入れてくれる病院だと確信し、『ここでダメなら看護の道はあきらめよう』という覚悟で入職を決めました」
転職した寺本さんを待っていたのは、想像以上に楽しい日々でした。多忙な病棟ではあってもしっかりと休憩を取る文化に、最初は戸惑いさえ覚えた寺本さん。「自分の看護師人生は変わった」と実感したそうです。
「どうして今の私は、こんなにいきいきしているのだろうと考えて、真っ先に思い当たったのは教育制度の違いでした。『エルダー』と呼ばれる先輩が2人も付いて、すき間時間で疾患に関するクイズを出してくれたり、プライベートなことまで相談に乗ってくれたりと、親身になって面倒を見ていただき、安心して業務に集中できたのです」
寺本さんが入職した地域密着型病院では、エルダー制度と呼ばれる教育体制を整えていました。エルダーの役割は、新人に対する教育方針の決定や困ったときの相談相手。具体的な技術指導はそのとき現場にいる先輩たちが行い、プリセプターシップのように1人の担当者が指導のすべてを背負わない点に特徴があります。
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「転職して大正解!」だった3つの理由
転職したことにより、再び看護師としての道を歩み出すことができた寺本さん。思い切って新人時代に勤務先を変えたことで、どのようなメリットがあったのでしょうか。3つのポイントを挙げてもらいました。
「新人教育に責任を持つ風土が根付いた病院に転職したことで、先輩の助けを得ながら勉強に集中できるように。少しずつながら確実にできる業務が増えていき、失いかけた看護師としての自信を取り戻すことができました」
ポイント2. オンとオフのメリハリが付いた!
「転職先では、仕事中はしっかり指導して時にはしかってくれる一方、休憩時間はとてもフランクに接してくれる先輩たちばかり。オン・オフをしっかり切り替えてリラックスするときはリラックスすることで、忙しいときも踏ん張れるようになりました」
ポイント3 楽しく職場に通えるようになった!
「新人に対する無関心な態度やギスギスした雰囲気がなくなり、人間関係のストレスが激減。染み付いていた「看護師はつらいのが当たり前」という考えが払拭され、いつしか笑顔で職場に通えるようになっていました」
悩める新人看護師への応援メッセージ
“教育”が持つ力に感動した寺本さんは「組織の中で大人が学び続けるためにはどうすればよいか」を体系的に学ぶべく、いくつかのハードルを乗り越えてアメリカのTeachers College Columbia Universityへ留学することにしました。
「入職先の病院や部署によって受けられる教育の内容や質がまるで違うというのが、看護業界の現状だと思います。だからこそ、成人教育という側面から看護師をサポートし、できるだけ多くの人に楽しく長く働いてもらえるよう力を尽くしたいと考えています」
さらに、自分に合わない職場で無理に頑張って消耗している看護師は、「外の世界」に視線を向けることがあってもよいのではないかと、かつての自分を重ねながら思いを語ってくれた寺本さん。最後に、そうした境遇に置かれた看護師へメッセージをもらいました。
「現在置かれた環境で努力することも大切ですが、自分の力だけではどうにもならないこともあるでしょう。そこから抜け出す一つの方法が転職だったとして、リスクを恐れて動けない気持ちは分かります。しかし、それでも勇気を出して一歩踏み出すからこそ見える世界があるはず。どのような方法であれ、自分が最大限に輝ける場を探し求めることは、忘れないでほしいと思っています」