• 2021年3月25日
  • 2022年2月28日

ベテランナースが「クリニカルアドバイザー」に転身したワケ

 

臨床現場が抱える課題は、「現場の外」の視点を持ち込むことで解決できることがあります。北里大学病院で31年間にわたり経験を積んだ八田京子さんは、そのことに挑戦する一人。外資系医療機器メーカーに転職し、クリニカルアドバイザーとして活躍する現在に至るまでの軌跡は、どんなものだったのでしょうか。

メドライン・ジャパン合同会社クリニカルアドバイザー 八田京子さん
都立の看護大学を卒業後、北里大学病院に入職。救命救急センターや手術室などで31年間にわたり臨床経験を積みながら社会人大学(法学部)へ進学し、修士課程まで修了。2016年に臨床を離れ、医療コンサルタントとして活動。2017年にメドライン・ジャパン合同会社へ入社し、現在に至る。

一念発起して社会人大学に進学!

看護学生時代に病院見学したときの「看護部長が気さくな方で素敵だな」というファーストインプレッションを信じ、北里大学病院に入職。自由な組織風土がとても魅力的で、気付けば31年もの時間をここで過ごしました。ICUや救命救急センター(現在は救命救急・災害医療センター)、手術室、混合病棟などを経験しましたが、最初の転機が訪れたのは救命救急センター時代。「死」が目の前にある過酷な環境でがむしゃらに毎日を過ごしてきましたが、「自分がめざすゴールは何だろう」という疑問がふと頭に浮かんできたのです。看護師としての専門性について自問自答する中、友人である他院の看護師から聞いた社会人大学の話に興味を引かれ、35歳のときに法学部へ進学しました。

実は、そのタイミングで手術室に異動することになったのですが、もともと手術看護のスキルを学んでおきたいと思っていましたし、手術室は比較的勤務時間が安定しているのでありがたい話でした。とはいえ、学生生活との両立はやはり大変で、器械出しの手順などをなかなか覚えられず、ポイントを紙にまとめて自分の足元に貼っておいたことも。16時半ごろに勤務を終え、18~20時の間に授業を受けるというスケジュールで、つい居眠りしてしまうこともありましたが、同じように頑張る仲間たちの存在が私を奮い立たせてくれました。学部卒業後は修士課程へ進学し、医療・看護分野の研究室で「チーム医療における責任範囲」をテーマに研究を進めました。医療過誤や医療リスクについて法学的な視点から学んだことは、私にとって大きな糧になったと思います。

その後は「二足のわらじ」を卒業し、臨床に専念したのですが……。手術室で後進を指導する中で、志なかばで退職していく看護師が非常に多いという現実に直面し、今度は教育について悩むようになりました。そして、「業務上のリスク低減や離職者の減少を実現するためには根本的な業務改善が必要だ」という思いから、臨床現場を客観的に見られる立場になって、業務改善に取り組んでみたいと思うようにもなりました。

そこで思い切って臨床を離れて、医療コンサルタントに転身することを決意。手術室の無駄をなくして資材を削減するなど、それまでとは違った視点で病院の経営改善のために働くことになったのですが、あのときの体験はとても新鮮でした。その後、医療コンサルタントとして働く中で多くの医療機器メーカーとやり取りしたのですが、そのうちの一つが現職のメドライン・ジャパン合同会社。あるとき、今は上司となった人から「使いやすい製品の提供を通して、臨床の業務改善に力を尽くしてみませんか」と声をかけてもらったことが後押しとなって、同社の活動に参加することになりました。

教育を「肩代わり」して現場の負担を減らしたい

メドライン・ジャパンに転職してからは、クリニカルスペシャリストという役職に就かせていただきました。主な役割は、医療や看護に関する専門的な知見から営業担当者をサポートすること。たとえば、臨床現場で当社の製品をどのように使っていただいているのか共有したり、セールスポイントの伝え方を教えたり、といったことです。また、製品を正しく使うための「看護師向け教育プログラム」の作成・実施にも携わっています。

看護師にとって、後輩の教育のために割く労力や時間は大きな負担ですよね。その上、「先輩によって言うことが違う」というようなことがあると、道に迷った新人の離職にもつながりかねないため、教育のやり方を考える必要があります。では、その際に大切なことは何か。基礎となる情報を一本化することです。私たちはそのために、細かな部分で個人差が出やすいPPE(個人防護具)の正しい使い方や、手術室における機器の衛生操作などについての統一された教育プログラムを作ることに力を注いでいます。また、誰もが同じように資材や機器を使えるよう、必要なものをパッケージ化したSPT(手術準備キット)を展開。医療機器メーカーが基礎的な部分の教育を「肩代わり」することで、病院の業務効率化を少しでもサポートできればと考えています。

オフィスワーカーになって変わったのは、9時~17時の規則的な就業時間で働き、年末年始には休暇が取れるようになったことでしょうか。社内の公用語は日本語ですが、本部とのやり取りなどで英語を使う機会も多いです。私は語学力にあまり自信がないのですが、医療用語に精通していることが一つのアドバンテージになっています。余談ですが、自分の仕事場が外資系の企業であることを実感したのが、週末の終業時に同僚から“Have a nice weekend!”と言われたこと。これまで30年以上働いてきましたが、週末を楽しく過ごそうという発想がなかったため、驚くと同時に感動しました。臨床現場でも、こうしたあいさつが普通にできるような環境になるといいですね。

語学力よりも大切なもの

新型コロナウイルスの影響で、当社でも2020年3月から可能な職種においてテレワークを開始。「医療従事者のパートナーになる」というミッションを掲げているからこそ、社員が健康かつ安全に仕事を続け、必要な場所に製品を届けられる体制を整えています。個人的には、予定していた各地の病院訪問が難しくなってしまいましたが、メールや電話で聞き取った情報を社内に還元するかたちで対応してきました。この状況にあっても臨床を力強く支える看護師の皆さんの姿を見聞きしていると、とても誇らしく感じますね。とはいえ、世界的に感染予防に関わる医療資材が不足する中、最前線で業務に当たるストレスは計り知れないでしょう。少しでも仕事のことを忘れ、リラックスできる時間が持てることを心から願っています。

最後に、外資系企業への転職に興味がある方にお伝えしておきたいのは、「語学力ばかりに気をとられがちですが、それ以上にしっかりとした臨床経験の積み重ねが大切」ということ。様々な職種とやり取りする仕事だからこそ、相手の信頼を得られるだけの十分な知見を備えておく必要があるのです。また、臨床で仕事を続けながらキャリアチェンジのために動き出すのは大変なこと。「何となく」という程度の感覚では壁を越えることはできないでしょう。その点についてアドバイスするなら、目標を明確にしつつ、「私は今、本当に必要なことをしている」という確信を得ることが、モチベーションを保つ秘訣だと思います。

取材・文:ナレッジリング(中澤仁美)
撮影:ブライトンフォト(和知 明)


メドライン・ジャパン合同会社
米国に本社を持ち、全世界45ヵ国に拠点を持つグローバル・ヘルスケア・カンパニー、メドラインの日本法人。「医療従事者が医療に専念できるパートナーとなる」というミッションのもと、手術用のディスポーザブル製品(ドレープやガウン、手袋、マスクなど)を中心とした医療機器・医療材料をグローバルに展開しています。製品ラインアップは55 万点以上。多岐にわたる製品・サービスの提供を通じて、医療業界を牽引する存在となっています。

■住所:東京都文京区小石川1-4-1 住友不動産後楽園ビル15F
■代表電話番号:03-5842-8800
■URL:https://www.medline.co.jp/
■設立:1999年11月
■代表執行役員社長:長谷川 智裕
全米最大規模の医療機器メーカーであるメドライン・インダストリーズの日本法人。
医療機関向けに手術準備キット、手術用・検査用手袋、ガウン、ドレープ、個人防護具など医療用品の製造・販売を行う。
適正品質の製品を、適切な価格かつ付加価値のある製品販売により、医療従事者の感染防止と患者ケアによるQOL向上に貢献している。
詳細は会社HP https://www.medline.co.jp/

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