倫理観は、社会の中で行動する際に基準となる考え方です。特に医療の現場では、患者さんの尊厳や権利を守るために、単なる善悪の判断ではなく、患者さんの立場に寄り添い最善の医療やケアを提供する指針として倫理が求められます。
この記事では、看護師が知っておくべき倫理観の基本的な考え方や、モラルや法との違いを解説します。患者さんとの信頼関係を築くうえで重要な「看護倫理」や、実践に活用できる具体的な手法についても紹介するので、看護師や看護師を目指している皆さんはぜひ参考にしてください。
倫理観とは
倫理観とは、「人間として守るべきことや行動規範、善悪の判断の基準となることに対する考え方・捉え方」という意味を持つ言葉です。「守るべきこと」には法律や職場のルールなどのほか、一般的なマナーなどさまざまな基準が含まれます。倫理観は、個人が社会の中でどのように考え、行動すべきかを決める基準となっているものともいえるでしょう。
倫理観は社会のさまざまな分野において重要な役割を果たしており、医療や看護の世界では、治療や看護ケアを受ける患者さんの尊厳を守るための基準となっています。看護師の場合、「患者さんの立場で考え、患者さんの尊厳を守りながら最も良い結果が得られるように努力する」という高い倫理観が求められることを押さえておきましょう。
そもそも倫理とは
そもそも「倫理」とは、「社会で生活するうえで守るべき決まりごと・秩序」のことを意味する、「倫=人と人の輪」「理=ことわり・規範」を組み合わせた言葉です。
たとえば、道端で知らない子どもが転んでケガをした場合、「救護する」「保護者を探す」など助けようとして行動する方は多いでしょう。急いでいて見て見ぬふりをした場合でも、時間が経ってから後ろめたさを感じる方も少なくありません。
これは、人間が「人の命や安全は大切なものである」という価値観を持っており、「他者の命を守ること」は「正しい行動である」と判断しているためです。例のように、「この行動は正しいことか・良いことか」を判断する際の根拠として用いられる基準が「倫理」であるといえるでしょう。
倫理とモラル(道徳)の違い
道徳やモラルとは「人が正しく行動するための規範・考え方のまとまり」といった意味を持つ言葉です。日常生活においては倫理と同様の意味合いで用いられるケースも多く、辞典や辞書でも同様の意味を持つ言葉として扱われています。
ただし、モラルは個人・家庭など比較的小規模な集団の基準として用いる場合が多く、倫理は個人から社会までの広い範囲に用いるケースが多い、という違いがあります。そのため、モラルは日常生活を送るうえでの判断基準にはなるものの、医療の現場における判断基準にそのまま当てはめられないという点に注意が必要です。
倫理と法の違い
倫理と法(法律)は、どちらも物事や行動に関する善悪の基準を示すという共通点がある一方で、相違点も多いことに注意が必要です。
倫理は「どのような行動が正しいか」を示す規範であり、人間の内的な自律から生じる「人として守るべき道や理、良心」を指します。看護職には日本看護協会が策定した「看護職の倫理綱領」がありますが、これには法的な強制力はなく、罰則規定も特にありません。
(出典:日本看護協会「看護職の倫理綱領」)
一方、法は「どのような行動が正しくないか」を示す決まりであり、外的な強制力を伴い社会秩序を維持するための規範といえます。看護職の場合は「保健師助産師看護師法」が定められており、法的に正しくない行為をはたらいた場合の罰則規定も明記されています。罰則の有無も、倫理と法の相違点の1つといえるでしょう。
(出典:e-Gov法令検索「保健師助産師看護師法」)
看護師に必要になる看護倫理とは

看護倫理とは、患者さん一人ひとりに寄り添った看護を行うために看護師が守るべき、原則や行動・判断の基準、および指針のことを指します。看護倫理の考え方は人によって少しずつ異なる場合がありますが、日本看護協会が策定する「看護職の倫理綱領」の前文では次のように説明されています。
人々は、人間としての尊厳を保持し、健康で幸福であることを願っている。看護は、このような人間の普遍的なニーズに応え、人々の生涯にわたり健康な生活の実現に貢献することを使命としている。
看護は、あらゆる年代の個人、家族、集団、地域社会を対象としている。さらに、健康の保持増進、疾病の予防、健康の回復、苦痛の緩和を行い、生涯を通して最期まで、その人らしく人生を全うできるようその人のもつ力に働きかけながら支援することを目的としている。
看護職は、免許によって看護を実践する権限を与えられた者である。看護の実践にあたっては、人々の生きる権利、尊厳を保持される権利、敬意のこもった看護を受ける権利、平等な看護を受ける権利などの人権を尊重することが求められる。同時に、専門職としての誇りと自覚をもって看護を実践する。
(引用:日本看護協会「看護職の倫理綱領」)
このように、看護倫理は、看護における正しさや善悪を判断するための基準や根拠となるものです。看護職が看護業務に携わるうえで、なくてはならない重要な規範であることを押さえておきましょう。
看護の実践で重要な「倫理綱領」とは? 項目ごとに分かりやすく解説!
看護倫理における6つの倫理原則
看護倫理の6つの倫理原則とは、医療倫理の4原則である「自律尊重」「無害」「善行」「公正」と、医療職の義務・規則の基本となる「忠誠」「誠実」の2原則を合わせたものです。
【看護倫理における6つの倫理原則】
自律尊重の原則 | 「患者さん自身の意思や決定を尊重し、患者さんの行動への干渉や制限を行わない」という意味を持ちます。必要な説明や理解の促進を行いながら、患者さんやご家族が納得したうえで自律的な意思決定ができるようサポートすることが大切です。 |
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無害の原則 | 「患者さんの身体や精神に危害を及ぼさないこと、危害や危険がある場合はそれを取り除き、予防すること」を指します。「身体への影響が少ない治療法を可能な限り検討する」などが例として挙げられます。 |
善行の原則 | 「患者さんの利益につながる看護の提供を行うこと」という意味合いがあります。病院側の利益・効率ではなく、患者さんの尊厳を守りながら、患者さんやご家族にとってのベストを尽くすことが大切です。 |
公正の原則 | 「すべての患者さんに対し、平等かつ公平に医療・看護を提供する」という意味を持つ原則です。限られた医療資源をどのように適切に配分するか考えることも、公正の原則に含まれます。 |
忠誠の原則 | 「守秘義務や患者さんの秘密・患者さんとの約束を守ること」を意味しています。患者さんとの信頼関係を築くためにも重要なポイントといえるでしょう。 |
誠実の原則 | 「真実を告げ、虚偽の報告をしないこと」を指します。患者さんやご家族に対して嘘をつく、治療に必要な情報を書き換えるといった不誠実な行動は行わず、信頼関係の構築に努めましょう。 |
これらの6つの倫理原則は、看護における倫理的問題を考える際の判断基準となります。十分に理解しておきましょう。
看護師が守る患者の権利

看護師が看護における倫理的問題を考える際には、患者さんが持つ「医療を受ける権利」について十分に考慮することが大切です。日本を含む多くの国の医療職が遵守する「患者の権利に関する世界医師会リスボン宣言」では、下記のような項目が「保護されるべき患者さんの権利」として挙げられています。
- 良質の医療を受ける権利
- 選択の自由の権利
- 自己決定の権利
- 情報に対する権利
- 守秘義務に対する権利
- 健康教育を受ける権利
- 尊厳に対する権利
- 宗教的支援に対する権利
このように、すべての患者さんは、差別されることなく適切な医療を受ける権利があり、担当する医療機関や医師を自由に選択できると定められています。健康に関する教育や自身の病状に関する情報を受けて自身の健康を自分で決定する権利や、自身の尊厳や秘密が守られる権利を有することを押さえておきましょう。
(出典:日本医師会「患者の権利に関するWMAリスボン宣言」)
患者の権利とは? リスボン宣言やインフォームド・コンセントの解説も
インフォームドコンセントと看護倫理の関係
インフォームドコンセントにおいては、医療職による十分な説明のうえでの患者さんの自己決定が重要となります。しかし、現状では医療職側に主導権があるような状況も多く、十分な合意形成に至らないまま医療が提供されることも少なくありません。
インフォームドコンセントは、看護倫理における「自律尊重の原則」に基づいた医療行為です。看護師は、患者さんやご家族が必要とする説明や情報の提供を丁寧に行い、納得できる医療を選択・決定できるようサポートする存在であることを押さえておきましょう。
看護倫理を考えるうえで活用したい「臨床倫理の4分割法」

看護の現場では色々な症例の患者さんに出会うため、「この治療や看護は本当に患者さんのためになっているのか」と疑問に感じることも少なくありません。実際の看護現場で倫理的問題を考える際には、「臨床倫理の4分割法」を活用するとよいでしょう。
臨床倫理の4分割法とは、倫理的な問題を抱える症例を「医学的適応」「患者さんの意向」「QOL」「周囲の状況」という4項目に分けて情報や現状を整理・分析する手法です。医師や薬剤師、ケアマネジャーなどほかの医療職・介護職の視点や情報、意見も考慮し、「患者さん本人にとっての最善とは何か」を考えましょう。
まとめ
看護倫理においては、自律尊重、無害、善行、公正、忠誠、誠実の6つの原則が重要視されています。インフォームドコンセントをはじめとした患者さんの意思決定に関わるときは特に、「医療を受ける権利」と併せて理解し、患者さんに適切なケアを行いましょう。また、現場で複雑な倫理的問題が生じた際には、「臨床倫理の4分割法」を用いることで、冷静かつ適切な対応が可能になります。
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※当記事は2024年11月時点の情報をもとに作成しています