• 2021年5月11日
  • 2021年11月24日

【映画】ファーザー|主演男優賞ホプキンスが認知症の父親を熱演

 

老いた父の喪失と混乱を、本人の視点で描く。画期的な試みがなされた映画『ファーザー』は、世界30か国以上で上演された傑作舞台を映像化した作品で、2021年5月14日から全国公開されます。

『羊たちの沈黙』などで知られるアンソニー・ホプキンスが役者人生の集大成として認知症者を演じた本作。2021年に開催された第93回アカデミー賞では主演男優賞を受賞。怪優アンソニー・ホプキンスと本作の魅力をお伝えします。

『ファーザー』 5月14日(金)より全国公開


監督:フロリアン・ゼレール(長編監督一作目)
脚本:クリストファー・ハンプトン(『危険な関係』アカデミー賞脚色賞受賞)
フロリアン・ゼレール
原作:フロリアン・ゼレール(『Le Père』)
出演:アンソニー・ホプキンス(『羊たちの沈黙』アカデミー賞主演男優賞受賞)
オリヴィア・コールマン(『女王陛下のお気に入り』アカデミー賞主演女優賞受賞)
マーク・ゲイティス(「SHERLOCK/シャーロック」シリーズ)
イモージェン・プーツ(『グリーンルーム』)
ルーファス・シーウェル(『ジュディ 虹の彼方に』)
オリヴィア・ウィリアムズ(『シックス・センス』)

2020/イギリス・フランス/英語/97分/カラー/スコープ/5.1ch/原題:THE FATHER/字幕翻訳:松浦美奈/配給:ショウゲート
公式サイト:http://thefather.jp

認知症の父・アンソニーの混乱を映像で表現

《※この記事は映画のネタバレを含みます》

ロンドンで一人暮らしをする81歳のアンソニーには、認知症と思われる症状が出始めていました。心配した娘のアンが介護人を手配しても「誰の助けも必要ない」と拒否し続けるアンソニーですが、「恋人のいるパリへ引っ越す」とアンから告げられショックを受けます。 そんなある日、アンソニーがキッチンで紅茶を入れていると、リビングから物音がします。不審に思ってのぞいてみると、そこには見知らぬ男が! ポールと名乗ったその男は、「自分はアンの夫であり、ここは私の家だ」と主張します。離婚しているはずの娘の夫? 混乱するアンソニーのもとにアンが帰ってきますが、なんと彼女は「見たこともない女」の姿になっていました。

主人公アンソニーを演じたのは、世界的な名優アンソニー・ホプキンス。自身と同名、同年齢(撮影時)、同誕生日という設定の役柄を、繊細かつ魅力的に演じ切った。2021年のアカデミー賞では史上最高齢で主演男優賞を受賞した。

本当の娘であるアンはどこへ行ったのか? 謎の男と女は何の目的で家に上がり込んできたのか? そして、アンソニーが誰よりも愛したもう一人の娘、ルーシーはどこに消えてしまったのか? 虚実の境界が崩れていくアンソニーの頭の中で、さまざまな疑念や疑問が浮かんできます。不可思議な体験を通して、アンソニーはどのような「真実」にたどり着くのでしょうか……。認知症の人の視点で描かれた意欲作であると同時に、親子愛をテーマにした心揺さぶられる映画です。

認知症を患う父に戸惑い、振り回されながらも、根底には深い愛が感じられる娘、アン。アカデミー賞主演女優賞の受賞歴もあるイギリスの俳優オリヴィア・コールマンが熱演した。

「時間と記憶の混乱」を主人公と一緒に体験

看護師の皆さんならご存じの通り、認知症の症状は中核症状と行動・心理症状に大別されます。中核症状の代表例といえるのが記憶障害です。新しいことを覚えにくく、症状が進行すると以前に覚えていたはずの記憶も忘れやすくなります。また、見当識障害もよくみられる症状で、時間や場所、人物について正しく認識することが難しくなります。一方、行動・心理症状は様々な要因が絡み合って発生するもので、不安・焦燥、うつ状態、幻覚・妄想、徘徊などが現れます。 家族や介護者にとっては、認知症の人のこうした症状は大きな戸惑いのもとになることでしょう。しかし、誰よりも当惑して不安を抱えているのは、ほかならぬ当本人。理解できないような言動は、「何とか現実に適応しよう」と努力した結果かもしれません。こうした当事者の苦悩が視覚的に描かれている本作を観ることは、認知症の人の世界を理解する一助となるでしょう。 監督・脚本を手がけたフロリアン・ゼレールは、インタビューで次のように語っています。「本作は認知症についてのストーリーですが、観客には自分事として見てほしいのです。認知症の症状の一部を自分で経験しているような立場でね。ストーリーは迷路のようなもので、観客はその中にいて出口を探さなければなりません」

「何が起きている?」と戸惑いながらも、懸命に「現実」へ適応しようとするアンソニー。知っていたはずの世界がガタガタと崩れていく様子は、ミステリーやサスペンスに近い緊張感がある。

認知症の人の家族や介護人の姿にも要注目

本作では、娘のアンの苦難と奮闘も描かれています。クセは強いけれど知的で魅力にあふれていた父親が変貌していき、時に辛辣な言葉で責められ涙するアン。一方で、「いろいろ、ありがとう」と素直に感謝される瞬間もあり、対応が難しくなっていく中でも父を嫌いにはなれません。 主人公を演じたアンソニー・ホプキンスは、「アンは父を愛しているからこそ心を引き裂かれるのです。私の症状が進むほど彼女の絶望は深くなります。アンが気の毒になりました。私は彼女に対して残酷ですからね」と話します。認知症の人の家族が直面することになる難しさも、本作で浮き彫りにされているといえるでしょう。 また、看護師の皆さんに注目してほしいのが介護人のローラです。介護のプロフェッショナルとしてアンソニーの言動へ柔軟に対応する姿が描かれますが、時に「私を子ども扱いするな!」と激高される場面も。認知症の人がどんな支援を求めているのか、どんな対応が望ましいのか、あらためて考えるきっかけになりそうです。

新しい介護人としてアンソニーのもとを訪問するローラ(イモージェン・プーツ:写真左)。珍しく上機嫌のアンソニーに迎えられ、最初は好ましい雰囲気で会話が始まるものの……。

「奇妙なことばかり起こる」というアンソニーの言葉どおり、本作は迷宮のような構成になっています。同じはずのシーンが違う場面につながっていたり、いるはずのない人物が登場したり……。本当の現実は何なのか、必死に状況を理解しようとする中で、観客はアンソニーの気持ちに一歩ずつ近付いていけるのかもしれません。97分間、一瞬も目が離せないスリリングな本作を、ぜひ「体験」してみませんか?

文/ナレッジリング 中澤仁美

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