• 2020年2月28日
  • 2022年5月13日

患児の心を癒すファシリティドッグ&ハンドラーのお仕事とは?

 

患児の心を癒すファシリティドッグ&ハンドラーのお仕事とは?

2019年8月、東京都立小児総合医療センター(府中市)にて、日本では3施設目となる、東京初のファシリティドッグ活動が始まりました。ファシリティドッグというのは、病院などの特定の施設に「常勤」しながら、動物介在療法を担う犬のこと。今回は、同院に勤務するファシリティドッグのアイビーと、そのハンドラーである大橋真友子さんを訪ね、仕事の内容や魅力について伺いました。

ファシリティドッグ・ハンドラー 大橋真友子さん国立病院の看護師として成人・小児領域で約16年間の臨床経験を積んだ後、国内初のファシリティドッグ・ハンドラーである森田優子さんの活動に興味をひかれて、同じ道を志す。認定NPO法人「シャイン・オン!キッズ」に所属する国内3人目のファシリティドッグ・ハンドラーとして、2019年8月より東京都立小児総合医療センターで本格的に活動をスタート。現在、子育て中の4児の母でもある。

ファシリティドッグ アイビー2017年1月22日にアメリカで生まれた、ラブラドールレトリーバーの女の子。生後2ヵ月からシアトルのトレーニングセンターに入所後、「ハワイ留学」を経て卒業。ハンドラーである大橋さんと一緒に暮らしながら、東京都立小児総合医療センターで「フルタイム勤務」している。特技は添い寝。

育児休業中に縁あってハンドラーの道へ

「初対面の私の指示もすぐ理解してくれて、本当に頭がいい子なんだと驚きました」と、研修当初のアイビーの印象を話す大橋さん。

――大橋さんがファシリティドッグ・ハンドラーになった経緯を教えてください。

もともと子どもが好きで、小児専門病院の看護師として13年ほど働いていたのですが、育児休業に入った時に、後輩がファシリティドッグ関係の仕事に就いたことを知りました。その後輩というのが、国内初のファシリティドッグ・ハンドラーである森田優子さんです。話を聞いて「素晴らしい取り組みをしているな」と感動すると同時に、私も何かお手伝いしたいと思っていたら……。タイミングよく新たなハンドラーの募集が始まったんです。

「安定した看護師の仕事を辞めてまで挑戦していいのだろうか?」という思いもありましたが、自問自答を繰り返したり、家族と話し合いを重ねたりした末に、ハンドラーの道に進もうと決断しました。応募してすぐに書類選考通過の連絡を受け取り、翌日から面接がスタートしたのですが、たまたま休暇を取っていたタイミングと面接が重なっていたために、選考プロセスがとてもスムーズに進みました。あのときは「やっぱり、この道を進むのは運命だったんだ」と思いましたね。

選考では、医療従事者としての経験やマルチタスク能力に加えて、「ファシリティドッグを幸せにできるか?」という点も見られていたと思います。無事にハンドラーとして選ばれたときは、本当にうれしかったですね。とはいえ、ほっとする間もなくアイビーとの研修がスタート。犬の生態学や管理方法などに加えて、60種類以上のコマンド(指示)を学びました。

アイビーの「癒しの力」を待つ子どもたちのために

見つめ合う大橋さんとアイビーの表情からも、互いに信頼できる最高のパートナーであることが伝わってくる。

大橋さんの持ち歩くバッグには、除菌ウェットティッシュや掃除用のコロコロクリーナー、エサ入れ、おもちゃなど、業務に不可欠なアイビーグッズが。

――大橋さんは家族としてアイビーと暮らし、一緒に車で出勤しているそうですね。

東京都立小児総合医療センターで試験的な業務を始めるにあたって、アイビーを自宅に迎えました。ファシリティドッグは活動のパートナーであり、家族の一員でもあるんです。ペットとして犬を飼う場合と勝手が違う点は、アイビーがリラックスできる場であると常に意識すること。自宅は完全にオフの時間だと切り替え、しっかり休ませます。4人の子どもたちにも、一緒に遊びたくなる気持ちを抑え、温かく愛情を持って見守ってほしいと伝えてあります。

東京都立小児総合医療センターでは、当初週3日くらいのペースで患児のベッドサイドを訪問していましたが、病院の環境に慣れた現在は「フルタイム勤務」をしています。小児がんの患児は長期入院になるケースが多いうえに、外出や遊びに制限がかけられてしまいます。そして、そうしたつらさにそっと寄り添うのがアイビーの仕事。現状は2病棟の約50人と関わっています。どの患児を対象とするかは医師の指示で決まりますが、訪問日時や訪問時にやることはハンドラーに一任されるので、私のほうはカルテを見たり、病棟の看護師と相談したりしながら、ベストな動き方を考えています。

ファシリティドッグを扱うにあたっては「1時間活動させたら1時間休憩させる」という国際基準があるので、半日に4人程度のペースで会いにいくことが多いです。そうした中で、常に心がけているのは、患児が大変な思いをしているときこそ、「いつもそばにいるアイビーが応援に来てくれた!」という状況を作れるように調整すること。ベストの調整をするのは難しいですが、やりがいを感じる部分でもあります。  

 

――医療現場でアイビーが必要とされるのは、どのような場面が多いのですか。

アイビーが必要とされる場面はたくさんありますが、鎮静前の待ち時間に呼ばれることが多いですね。当院では髄注などの前に鎮静をかけるのですが、意識を失う間際は怖い夢を見る患児もいます。そこで、処置の予定時間の少し前からアイビーがベッドサイドを訪れ、眠りに就くまで添い寝するのです。

侵襲的な処置を受ける患児の精神的な負担は大きく、医療従事者がベッドに近付くだけで泣き叫んでしまうようなケースも少なくありません。そうしたときもアイビーは、背中をグリグリ押し付けるような仕草をしながら「ここにいるよ、大丈夫だよ」とその子を一生懸命に励ましています。麻酔で意識が遠のきながらも「アイビー……」と呼ぶ子もいるほど。彼女は患児にとって大きな心の支えなんです。

ファシリティドッグが「当たり前」になる未来をめざして

大好きな院長先生の前で、お腹を見せて甘えるアイビー。「普通の犬」としての可愛らしい一面が見えた瞬間だ。

――初めてアイビーが来たとき、病院の医療従事者の皆さんはどのような反応でしたか。

正直、最初のころは「どう接すればいいの?」と、とまどっている方も少なくありませんでした。でも、アイビーの性格やできることが徐々に浸透していって、いまでは「心から歓迎されているな」と感じます。廊下ですれ違うだけで「アイビー! 元気?」とコミュニケーションが始まり、医療従事者の間にも笑顔が増え、癒やされるといわれます。

最近は、歯科衛生士とアイビーがタッグを組んで、患児の口腔ケアのために一緒に院内を回るという活動にも取り組んでいます。アイビーが歯磨きしている様子を見た子どもが、「アイビーにかっこ悪いところは見せられないから、僕もやってみる」と言ったことをきっかけに始まった活動ですが、患児に拒否されがちな口腔ケアがスムーズに進むと評判です。

――最後に、ハンドラーとしての今後の目標を教えてください。

看護師時代は、「病院で犬が働く」という状況は想像もしていませんでした。でも、ハンドラーとして働き始めて、それがいかに意義深い取り組みなのかを実感しています。現在は2つの病棟に限定されていますが、これから2~3年かけて、すべての病棟に関われるよう活動の幅を広げていきたいですね。ありがたいことに、当院での取り組みはモデル事例として注目されているので、ファシリティドッグが全国に広まるきっかけになれるように心して活動し、いずれは「どの病院にもいるのが当たり前」になればと願っています。

取材・文:ナレッジリング 中澤仁美 撮影:穴沢拓也

認定NPO法人 シャイン・オン!キッズ
小児がんや重い病気の治療に向き合う子どもたちは、長期にわたる入院治療生活の不安やストレスと闘っています。シャイン・オン!キッズは、長く過酷な治療を続ける子どもたちとそのご家族、医療従事者が笑顔を忘れずにいられるように、独自の「心のケア」プログラムを提供。そうした活動の一つとして、全国のこども病院や小児病棟におけるファシリティドッグとハンドラーの派遣や、ビーズ・オブ・カレッジ?プログラムを行っています。

所在地:東京都中央区日本橋本町3-3-6 ワカ末ビル 7階 TEL: 03-6202-7262 URLhttp://sokids.org/ja/

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