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キーワードは「生活」や「生きる力」

——宮崎さんは若い頃から訪問看護師として活躍されていますが、訪問看護に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょう。

看護学校2年生のとき、訪問看護に同行する機会があり、熊本県水俣市を訪れました。水俣はご存知の通り、水俣病が発生した土地です。能面のような表情で硬直したままの患者さんを、同行した看護師長が懸命に手足をさすり、リハビリを続けます。やがて生気を取り戻しベッドに座れるようになった患者さんは、師長と一緒においしそうにお茶をすすりました。二人が背にした窓から見えるのは、水俣病の源になった不知火海。その光景はとても象徴的で、私にはまるで光が射すように感じられました。ちょうど高齢社会が始まると騒がれ出した頃です。治らない病気や障がいをお持ちの方が、自宅で、地域のなかで普通に暮らし、その生を全うする。そんな生き方を支援する訪問看護というものに、大きな可能性を感じました。それまでの私が、白衣に身を包み、病院という閉じた空間で働くことに、割り切れない想いを抱いていたからかもしれません。さらにその患者さんから「看護師は病院にいるだけでは駄目。この婦長さん(当時の呼称)のように、治る見込みのない我々に生きる力を与えてほしい」と言われたことも印象的でした。

——それで卒業後、1年経って訪問看護師になられた。若い方は珍しい存在ではなかったですか。

いえ、訪問看護という分野自体が当時は未開拓でしたから、ベテランの訪問看護師という方など存在しないのです。ですから年齢は関係ないと最初から思っていましたし、むしろ私のライフワークとして、全国に訪問看護を広めていこうという気概でいっぱいでした。ご質問の意図は、病院でのキャリアを問うものと思いますが、訪問看護は、病棟や外来とはまったく別の分野ですから、その経験は尺度になりません。

訪問看護は、より自分らしく生きていくことへの「支援」

——別の分野ですか。そもそも訪問看護と病院看護はどう違うのですか。

人が生まれてから亡くなるまで様々な時期に抱える健康問題に、看護職として関わるという広い意味では同じですが、関与における発想がまったく異なります。まず病院は「治療」が最大の目的であり、看護もそれに沿ったものになります。患者さんにも治療に集中してもらうため、好きなことを我慢していただく。一方、訪問看護はより自分らしく生きていくことへの「支援」です。キーワードとしては、病院が「病気」や「治療」なら、在宅は「生活」や「生きがい」です。別な切り口で表現すると、病院は医療モデル、在宅は生活モデルです。医療モデルの場合、死は敗北を意味しますが、生活モデルでは、不治の病や障がいを抱えながらその人らしく暮らすことが理想の形です。治療と支援。目に見える行為はそれほど変わらないかもしれませんが、まなざしが違うのですね。

病棟看護と訪問看護って、別分野なんだ!

生活者としての感性を大切に

——もうひとつ、訪問看護と病院看護のわかりやすい違いは働く場所ですね。病院の中か外か。

そうです。病院の場合だと来院される患者さんがお客さまですが、訪問看護の場合は、私たちがご自宅にうかがう立場になります。訪れる場所もそのつど違いますから、地域社会にも詳しくなりますね。とにかく戸外を歩くので、冬は寒いし、夏は日焼けが大敵(笑)。でも1年も経てば、自然と体力が備わるものです。それに季節の変化を肌で感じられるのも、私にとっては訪問看護の魅力のひとつでした。下町の軒先には小さな鉢植えがたくさん置かれて、季節の花々が咲き誇っています。道すがらの公園で桜が咲いていると、本当はいけないのですが、おそらく来年の桜は見られない利用者さんのために、一本だけ小枝を手折って持って行ったこともありましたね。四季のある日本に生まれた幸せを噛みしめながら訪問看護の仕事を続けてきました。

——そうするうちに訪問先に到着される。

もちろん病院と違って十分な設備は望めませんから、患者さんのために何ができるか、知恵と工夫を総動員します。たとえばある老夫婦のご自宅は、すきま風が吹き込んで、冬の室内は相当な寒さになりました。普通の蒸しタオルで清拭(せいしき)しても身体はちっとも温まらないし、ましてその家は湯沸かし器すらありません。  そこで私は奥様と相談して、毎朝、ストーブの上に熱湯を入れた金だらいを置いてもらうことにしました。訪問するとまずその熱湯にタオルを浸し、ご主人の身体を清拭します。そうするとまるでお風呂に浸かったように、身体がホカホカしてきれいなピンク色になるのですね。ご主人はお腹の底から「ああ気持ちがいい」とつぶやきます。もうそれだけでコミュニケーションが一足飛びに取れて、患者さんとの信頼関係が築けるのです。  また別の事例でいえば、寝たきりで手も固まってしまい、手浴すら難しい患者さんがいました。私は熱々のタオルをスーパーのレジ袋に入れて、そこに患者さんの手を差し入れる方法を編み出しました。患者さんの表情は見違えるように和らぎ、全身で心地よさを感じていましたね。

患者さんのために何ができるか、知恵と工夫を総動員!

——いろいろと創意工夫をされるのですね。

清潔を保つ、というこの例だけを見ても、学校で習ったことを実践するだけでは通用しません。病棟には備え付けの蒸しタオルがありますが、それもすぐ冷めるほど寒く、また湯沸かし器のない家で、どのようにタオルを煮沸するか。看護する家族の方とともに方法を探り、ご家族だけでも対応可能な提案をすることも含めて、生活者としての感性と幅広い知識が求められます。
さらに、ここでいう知識とは、一般的な知恵のようなものです。注射や点滴などの医療技術や、疾患の知識、検査データの見方といった専門性は当然として、訪問看護師にはなおプラスアルファが求められます。
でも、だからこそ面白いと思いませんか。全身のケアにしろ排泄のケアにしろ、答えを自分で探り当てるのですから。
私は排泄困難に悩んでいた患者さんに、まず過去に教わった方法を試したものの通用せず、色々と試みてついに成功したことがありました。そのとき「さすが看護師さんだね」とご家族に感心されました。「ありがとう」などと言われるよりも、この言葉こそが至上の喜びですね。
そしてこのような生活支援を行うことによって、患者さんの生きる姿勢も変わってくるのです。

生活の知恵も仕事に役立てられる!

死と向き合ってこそ生は輝く

——「生きる姿勢が変わった」ということについて、具体的なエピソードを教えてください。

訪問看護師になって2年目くらいの頃ですが、88歳の寝たきりの男性患者さんを担当しました。毎朝、熱いタオルで身体を拭くたびお礼を言って笑ってくれるのですが、どうも心からの笑顔ではありません。その頃から、患者さんの表情を見きわめて、それを良い方向に変化するようにすることが訪問看護師の務めと考えていましたので、あれこれと思いを巡らせました。1カ月後に誕生日を迎えるとわかり、「お誕生日には座ってビールを飲みましょうよ」と誘ったところ、お酒好きの方ですから、ちょっとその気になってくれたんです(笑)。長い間寝たきりなので褥瘡がひどく、また起立性低血圧もあって座るのは困難でしたが、医師と相談しながら訓練を重ねました。その甲斐あって誕生日当日には30分ほど座れるようになりました。医師やボランティア、近所の方々も集まって賑やかなパーティーとなり、患者さんは満座の中の主役です。本当に久しぶりにコップからビールを飲むことができ、もう満面の笑顔でしたね。しばらくしてその人は私にこうささやいたのです。「看護婦さん、僕は生きていていいんだね」胸を突かれました。きっと動けない身体になった自分には生きる価値がないと思われていたのでしょう。それがこの日を境に変わりました。あれほど外に出たがらなかったのに外出に意欲的になり、表情も生気に満ちてきました。

——なるほど、病院では目にかかれない事例ですね。

どんなケースにも学べることがあるのも訪問看護の魅力ですが、なかでも病棟看護との大きな違いは「看取り」です。死と向き合って初めて自分らしい生き方ができることを、私は幾人もの患者さんから教わりました。末期がんに罹った男性患者さんは、まだ50代でエリート社員だったそうですが、亡くなる1週間前に「僕はがんになって良かった」と私に言われました。「順調な人生を送ってきたつもりだったが、振り返ると薄っぺらな人間になっていた。家族と自分自身にきちんと向き合う時間をがんという病がくれた」と。寝たきりになったり、末期がんや難病を患ったりするのはやむを得ないことです。でもそんな自分の運命を受け入れて、どのように生きるかを決めるのはあくまで本人。本人が前向きに生きようとしてこそ、日々が豊かになり、表情も生き生きと変化するのです。そして患者さんがそんな気持ちになるように、心や身体の痛みを和らげたり、心地よい生活が送れるように、手を、頭を使うのが私たちの役目です。最期の日々を自分らしく生きるためのお手伝い。これほどやりがいのある仕事はありません。

最期の日々を自分らしく生きるためのお手伝い。これほどやりがいのある仕事はありません!

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