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なかなか聞けない本音がいっぱい!

訪問看護のホントのところをお話しします!

現役の訪問看護師さんたちがリニューアルしたての新宿・マイナビ看護師のオフィスに集合!実際の仕事内容や訪問看護の魅力について、本音で語っていただきました。ここではその一部をご紹介。意外なエピソードから共感できる思いまで、盛りだくさんな座談会です。

「病院での常識」に覚えた違和感

——皆さん病棟での看護経験をお持ちですが、今振り返っていかがですか?

河野:私は前職の病院で看護主任という立場でしたが、実はケアの最前線に未練がいっぱいでした(笑)。患者さんに呼び止められて「話を聞いてほしいと言われても、その時間を作ることがなかなかできず、その方が何を伝えたかったのかわからないままになってしまったことを、ずっと引きずっていて。「患者さんに寄り添うことができないなら、私が看護師としてここにいる意味はないのかな?」と思い始め、やがて訪問看護の道を進むことになりました。

橋場:私は病棟勤務時代からターミナルケアに興味がありましたが、病院では「この患者さんは、まもなく亡くなるだろう」という段階に至ったら、あとは心電図を見ながら「その時」を待っているような感じ。ご家族をお呼びしても間に合わなければ、患者さんは一人で亡くなっていく。それはご本人やご家族が求めていたターミナルのあり方なのだろうかという思いが強かったですね。

病棟勤務時代からターミナルケアに興味がありました。

鈴木:病院では良い悪いではなく、どうしてもルーチン業務に走ってしまいますからね。一人の患者さんの死も、ある意味でルーチンになっている。「患者さんの話を聞く」というのは、ルーチンでないから対応しにくい。「病院は疾患を治す場所、在宅は患者さんの生活を支える場所」という性格の違いが影響している部分も大きいですね。

河野:訪問看護でも時間の制約はもちろんありますが、ある患者さんのケアをしている間にその場を離れて、次に向かわなければならないということは基本的にはありません。1時間を与えられたら、それは一人の患者さんのためだけの時間。「ここに、やりたかった看護があるのかな」と思いましたね。

青山:やっぱり「人が好き」「もっと人と関わりたい」という思いが原動力になっているんですね。

訪問看護では、1時間を与えられたら、それは一人の患者さんのためだけの時間。

——そのように、ある意味でルーチン化した看護というのは、訪問看護の現場では通用しないのでしょうか。

鈴木:病院では、個々の疾患を見る目は養われるでしょう。ただ、残念なことに私自身、入院中の患者さんに対して「どのように生きたいですか?」という質問をしたことはありませんでした。訪問看護は、「どう生きたい?」という問いかけから始まります。疾患のコントロールが多少悪かったとしても自分らしく人生を送りたいのか、あるいはそうでないのか、まずはじっくりお話ししましょう、と。これが「生活を支える場所」の意味です。訪問看護師は疾患を見るのではなく生活を支えに行くので、「患者さんの“人生の表舞台”に立ったらダメよ」と、私はスタッフによく言っています。

訪問看護は、「どう生きたい?」という問いかけから始まります。

橋場:訪問看護師は黒子(くろこ)ですよね。主役になってはいけない。

鈴木:そうです。前面に出てはいけない。「自分らしく生きたい」と選択した結果、たとえ入院した場合より早く命を落とすことになってしまっても、それはご本人にとって納得できる死なんです。

橋場:やっぱり「病棟看護の常識」に染まっていると、訪問看護の世界ではやっていけない面はあると思いますね。例えば、病棟看護は患者指導というところから入るので、どうしても「上から目線」になってしまいがち。「昼食の時間は今だけなんだから、食べないなら下膳しますよ」とかね。患者さんの具合を見て、本当は後に回したほうがいいケアがあっても、「積み残しておくと準夜勤のナースに悪い」ということもありますね。患者さんのことより、組織の論理が優先してしまう例です。訪問看護では「朝9時に来てもらっても、本人は寝ていますから、リハビリなんてできませんよ」とご家族から言われたら、患者さんに合わせて時間を再調整するわけです。

青山:病院では、医療者が患者さんやご家族から「ありがとうございました」と言われるのが当たり前でしたが、当時はそれほどおかしいとは感じていなかったですね。

「人が好き」「もっと人と関わりたい」という思いが原動力!

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