• 2024年10月16日
  • 2024年10月29日

医療的ケア児を支える看護師|小児の訪問看護師に密着

 

医学の進歩に伴い、NICU等での長期入院を経て、人工呼吸器や胃ろうなどの医療的ケアを受けながら療養する子どもたち「医療的ケア児」が増えています。これまで病院や施設が療養の場の中心となっていましたが、地域医療の充実を味方に療養の場を自宅に移し、家族と共に生活するという選択肢が生まれました。厚生労働省の調査によると、在宅で療養する医療的ケア児(0歳~19歳)は、全国で約2万人いると推計されています。 
(出典:医療的ケア児支援センター等の状況について)

彼らが地域で療養する上で欠かせない存在が訪問看護師です。医療的ケアはもちろん、発達促進や家族のサポートなどを多職種と連携しながら進め、子どもと家族それぞれの成長を伴走者として支えています。では、実際に医療的ケア児をサポートするためにどのような看護が展開されているのでしょうか。今回、医療的ケア児の訪問看護に携わっている、ウィル訪問看護ステーション(以下:ウィル)の訪問看護師、川嶋夏来さんに密着し、その役割を深掘りします。 

動画版はこちらからご覧いただけます

訪問看護のスケジュール

【利用者プロフィール】
ひろくん(仮名)
3歳男児。両親と3人家族。長く病院で治療していたが「1歳の誕生日を自宅で迎えたい」と退院準備を進め在宅療養に移行し2年が過ぎた。

<医療的ケア>
・人工呼吸器管理
・経鼻栄養
・排尿管理

<性格>
・マイペース
・感情表出が豊か

<関わっている職種>
医師(病院、訪問診療)、訪問看護、訪問歯科、訪問介護、訪問リハビリ(PT、OT,ST)、計画相談員

【訪問看護師プロフィール】 
川嶋 夏来さん 
慶應義塾大学看護医療学部卒業後、慶應義塾大学病院NICUに勤務。2017年から現職。 

9:10 出勤後準備を整えウィル訪問看護ステーションを出発 

訪問するお宅までは車で10分ほどの距離。 

9:30 ヘルパーと現地で合流し訪問開始 

「おはようございます!お母さんよろしくお願いします」 

出迎えたお母さんにあいさつし、手洗いをすませひろくんのもとへ。 

「ひろくんおはよう~!!」 

「うーん、うーん」 

返事をしたひろくんに思わず川嶋さんの顔がほころびます。表情や反応からも、どうやら今日の調子はよさそうです。ひろくんとコミュニケーションを図りながらも、目線の先にある呼吸器や酸素飽和度モニターなどにも素早く目を配り、異常がないことを確認していきます。 

9:35 前回の訪問から今日までの経過確認 

その後、ベッドの近くにある記録ファイルを手に取り、水分摂取量と排泄量、頓服薬の使用回数や訪問診療などのイベント履歴・予定などを確認し、前回の訪問から今日までにひろくんがどのように過ごしていたのかを把握します。

現在、ひろくんは週7日訪問看護を利用していますが、ウィル訪問看護ステーションが担当するのはそのうちの5日間。ウィル内でも複数の看護師がひろくん宅に訪問しており、川嶋さんが訪問する日は週1~2日程度です。看護記録やスタッフ間の情報共有で状態把握はできているものの、自身の目でも改めて確認します。 

記録から、頓服薬の使用回数が普段より多いことに気が付いた川嶋さんは、お母さんにその時の経緯や判断についてたずねました。訪問看護をはじめ、さまざまなプロフェッショナルが介入していますが「誰よりも多くひろくんをみているご両親の視点を大事にしている」という川嶋さんの意図がみてとれました。 

隣では、ヘルパーがリビングやキッチン、浴室を行き来しながら手際よく入浴準備を進めていきます。ビニールプールのような湯船はダイニングテーブルの上に設置され、その中には洗濯ネットにパイプ素材を詰めたクッションが3つ。 

「クッションの高さが変えやすいし、水切れがよく、洗えるのでとても便利なんですよ」 

試行錯誤の末にたどりついた入浴スタイルです。 

9:40 バイタルサイン測定 

バイタルサイン測定

「もしもしするね~」 

ひろくんの目を見て話しかけながらケアを始めた川嶋さん。急にケアを始めるとびっくりしてしまうことから、何事も声かけをしてから始めることを意識しているのだそう。バイタルサイン測定、肺音聴取、吸引などを実施し、体調は良好で入浴可能だと判断しました。 

「今日の体調を記録します」 

ステーションとしての記録物はすべて電子化されており、スマートフォンを取り出しバイタルサインなどのデータを入力していきます。併せて記録ファイルにも記載し、ご両親や他職種との共有も忘れません。 

9:50 排便ケア 

自力での排便が難しいひろくんは、浣腸で排便を促しコントロールしています。訪問看護師が来る前にお母さんが浣腸し、川嶋さんが来る頃に排便がみられるようなスケジュールです。

入浴前に便の量や性状を確認した上できれいにしていくというスムーズな流れが構築されていました。今日もスッキリ。 

10:00 入浴 

入浴

「お洋服脱いでいくね。あっ!目が開いた!!」 

お風呂が大好きなひろくんにとって、入浴は楽しみなひとときです。しかし、人工呼吸器を装着しているひろくんの入浴は、川嶋さんやヘルパーにとって緊張の時間でもあります。 

川嶋さんが丁寧に洋服を脱がせた後、ヘルパーがひろくんを抱きかかえ、川嶋さんが「外します」というかけ声と共に呼吸器の接続を外しリビングに移動します。「お風呂に入るよ~」と声をかけて湯船に入り、クッションの上で体勢を整えるタイミングで呼吸器を装着しました。時間にして15秒。2人の息を合わせたケアが重要です。 

ひろくんの入浴中、ベッドではお母さんが入浴後の着替えを準備しています。この日選んだのは鮮やかなデザインのボタンシャツ。洋服選びの中心はお母さんですが、Tシャツなどのかぶりタイプのものは裁縫が得意なおばあちゃんがリメイクし、前開きのシャツに仕立てているとのこと。お孫さんのためにたくさんの服をリメイクするおばあちゃんの姿が目に浮かびます。 

準備を終えたお母さんも入浴介助に加わり、3人でひろくんの身体と頭を洗っていきます。手を動かしながら自然と会話が弾み、話題は先日一家で出かけた近所の花火大会のことに。すぐ近くでドーンと花火が上がる中、ひろくんはずっと寝ていたというエピソードを聞いてみんなで大笑い。 

「ひろくん、大物になるね!」 

川嶋さんが声をかけました。家族で夏を楽しむ様子を聞いたり、お母さんが何気ないおしゃべりができる時間を持つことも大事なケアとなっています。 

ふとひろくんに目を向けると皮膚がとてもきれいに保たれていることに気が付きました。生活する上でテープやガーゼ、オムツなど、皮膚への刺激を避けられない状況にもかかわらずーーー。日々のスキンケアやひろくんが負担にならない体位の調整、寝具選びなど細やかな点まで配慮が行き届いているのは、多職種によるケアの結果の表れではないでしょうか。

「入浴によって加湿され、痰の量が増える可能性があることから、ひろくんにお湯をかけつつ常に呼吸状態の変化を意識しています」と話す川嶋さん。また、裸になる機会でもあるため、皮膚の観察も欠かせません。笑顔でひろくんを見つめる奥にはプロフェッショナルの視点がありました。 

「ひろくん、温まりましたか?そろそろ出てもいいですか?」 

お風呂から上がる声かけをし、再びヘルパーと息を合わせてひろくんを抱え湯船からすぐ横の長椅子に移し、身体を拭いてからもう一度抱えて人工呼吸器を外しベッドへと戻りました。 

入浴後お着替え

お風呂でぬれたカニューレの固定バンドを交換することも日課となっています。小児の気管切開カニューレはカフがないため外れやすいことから、必ずヘルパーかお母さんがつき2人で対応し、ひろくんの安全を守った上で実施しています。 

「お薬を貼るね」 

呼吸を整える貼り薬を胸に貼り、洋服を整えます。 

ひろくんの視野に入るであろう壁には、残暑厳しい中で秋の訪れを待つかのようにハロウィンの装飾があり、ご両親が季節感やイベントを大事にしていることがわかります。 

10:30 排痰ケア 

仰向けで寝ている時間が多いひろくんは背中側に痰が溜まりやすいため、訪問中にうつぶせの時間を設け痰の喀出を促します。人工呼吸器を装着した状態でうつ伏せに体位交換するのは怖さが先に立ちますが、安全・安楽を熟知している川嶋さんは的確に短時間で整えていきます。 

途中、目を開けパチパチとまばたきをするひろくんを見て、お母さんと川嶋さんはかがんでひろくんに視線を合わせ話しかけます。 

再び仰向けに戻りひろくんが心地よい体位にポジショニングし掛け布団をかけました。体温コントロールが苦手なひろくんは夏でも電気毛布や掛け布団が欠かせません。また、自分で体調不良を訴えられないため、心拍数の変化が体調のバロメーターになっていると川嶋さんは話します。 

11:00 訪問終了 

「ひろくんまたね」 

最後に吸引をしてこの日のケアは終了。ひろくんとお母さんにあいさつしてお宅を後にし、ヘルパーと別れ、ステーションへと車を走らせました。 

ひろくんは午後からSTによる訪問リハビリが待っています。経鼻栄養からの卒業を目指し、アイスクリームやシャーベットなどを食べる練習を始めたひろくん。嚥下はもちろん、味覚という新たな刺激も加わって「おいしい」「おいしくない」という感情も成長発達を促すことにつながるはずです。

ケアを通して成長を見守る ーー小児訪問看護の魅力 

生命の危機を乗り越え退院し、自宅での医療的ケアはもちろん、ご両親の不安や葛藤もサポートし、家族としての成長を育んできた訪問看護。NICU勤務時代は、子どもたちを「患者さん」としてしか見ておらず、固定概念で「こんなにたくさんの医療機器を持って自宅に帰れるのか」「自宅で過ごすことは難しいだろう」と思っていたという川嶋さん。

病院退職後、これまでずっと気になっていた「病院から送り出したその後」を知りたいという気持ちが後押しし、訪問看護に足を踏み入れ、地域に帰ってきた子どもたちを受け入れる側となり7年。どのような疾患でも、どのような生活環境であっても「全ての人に“家に帰る”選択肢を」というウィルの理念のもと、多職種で考え検討することで「無理」と思われていたいくつもの「家に帰る」を実現してきました。 

「さまざまな職種がチームとして関わり、調整次第では退院できること」 

「必要なケアを受けながらその子の成長発達を促していけるような介入をしなければならないところが大変でありやりがい」 

訪問看護の魅力についてこう話した川嶋さん。気が付けば病院看護師よりも訪問看護師のキャリアが長くなったのは、その魅力にハマったからなのかもしれません。 

「わからない」不安を解決へと導き自信につなげる訪問看護師のサポート 

今では家族3人で旅行に出かけるほど活発なひろくん一家。しかし、自宅に帰ることを決断し、退院までに多くの医療的ケアの手技を獲得してきたものの、これから本当に自分たちだけで対応できるのか、大きな不安に襲われたといいます。実際に自宅での療養生活が始まってみると、目の前の息子の状態が病院で教わった体調の変化のことなのかがわからず、戸惑う日々が続きました。 

そんな目の前の霧を晴らしてくれたのが、毎日訪れる訪問看護師でした。彼らが示した的確なアドバイスによって次にどのような行動をとればいいのかがわかり、自信獲得へとつながりました。また「医療的ケア児を育てる上での悩みや葛藤を吐き出せる内面的なサポートがとても心強かった」とも話し、訪問看護師への厚い信頼を示しました。 

訪問看護ステーションの数は約14,000軒(令和4年4月1日現在)と、2013年と比較して倍以上に増加し受け皿が増える一方、医療的ケア児の対応が可能な訪問看護ステーションや訪問看護師の数は充足しておらず、課題となっています。

「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が2021年に公布され、その目的にある「医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに、その家族の離職の防止に資し、もって安心して子どもを生み、育てることができる社会の実現」のためには、それらを適切に対応できる訪問看護師の十分な確保や育成が欠かせません。地域で暮らす医療的ケア児をサポートし、ご家族と共に成長を見守ることができる魅力あふれる小児訪問看護の仕事をあなたものぞいてみませんか? 

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