• 2022年4月15日
  • 2022年4月15日

看護現場の多重課題とは? 研修実施のポイントや優先順位のつけ方も

 

病院に勤務する看護師は、複数の患者さんを受け持つことが基本となるため、たびたび「多重課題」が起こることが特徴です。1人の担当患者さんに対して何らかの看護ケアを行っているときに、ほかの担当患者さんから緊急度の高い対応を求められることは、日常茶飯事といっても過言ではありません。

医療現場の最前線で活躍する看護師にとって、各患者さんの状態を把握し、優先度を考えながら各タスクを同時進行させることは必須のスキルです。そのため、多くの病院が看護職員に対して「多重課題研修」を導入しています。

そこで今回は、看護現場の多重課題の概要から、看護師の方に向けて実施される多重課題研修の内容と取り組みのポイント、多重課題の優先順位の付け方まで徹底的に解説します。

看護現場の多重課題とは? 研修の重要性も

看護現場における多重課題とは、複数の看護業務や課題が同時に重なって起きてしまう状況のことです。多重課題の例としては、下記が挙げられます。

  • 受け持ち患者Aさんをトイレに連れていくため車いすを準備している最中に、ほかの部屋にいる受け持ち患者Bさんの離床センサーによるナースコールが鳴る
  • 受け持ち患者Cさんからのナースコールに対応するため部屋に行くと、同室の受け持ち患者Dさんが辛そうに胸をさすっている

複数の受け持ち患者さんを抱える看護師にとって、多重課題は日々起こり得る問題です。優先度を誤ってしまうと、重大なインシデントにもつながりかねません。

そのため多くの病院では、多重課題への対応力を身につけるため「多重課題研修」が実施されています。

看護師向けに実施されている多重課題研修の内容

多重課題研修は、基本的に複数の患者さんを受け持つようになり始める新人看護師を対象として行われます。そして新人看護師に多重課題研修を実施する指導者は、主に担当の先輩看護師です。

また、多重課題研修の研修内容は勤務先によっても異なるものの、基本的には下記の流れで実施されます。

(1) DVDなどの教材から学ぶ
(2) デブリーフィングを行う
(3) シミュレーションを実施する
(4) フィードバックを行う

ここからは、それぞれの工程において具体的にどのような研修を受けるか説明します。

DVDなどの教材から学ぶ

多重課題研修では、まずDVDなどの教材を使用し、目で見て学びます。DVDをはじめとした教材の内容は主に「看護現場において直面しやすい多重課題の例」「対応のポイント」「優先順位を判断する根拠」「失敗事例」などとなっています。

この工程は、いわゆる「基本的な多重課題の対応スキルを得る工程」です。まずはDVDなどの教材で基礎を学ぶことで、今後実施するシミュレーションでの対応を頭の中でイメージしやすくなるでしょう。

デブリーフィングを行う

DVDなどの教材で基本的な多重課題の対応スキルを身につけた後は、デブリーフィングを中心としたグループディスカッションを行います。デブリーフィングとは、いわゆる「振り返り」です。

基本的に、多重課題研修は数人の先輩看護師と新人看護師が集まって、グループワークとして行います。教材での学習を行った後は、教材内容から学んだ知識や疑問に思った点を話し合いながらグループでディスカッションを進めることが通常です。

デブリーフィングでは、振り返りとあわせて先輩看護師から「これまで実際に経験した多重課題の例」「多重課題の対応に失敗してしまった例」などの話を聞ける可能性もあります。

多重課題は、ケースによって適切な対応方法が細かく異なることが特徴であり、予測していなかったことが同時に生じる可能性も十分に考えられます。そのため、実際に多くの多重課題に直面してきた先輩看護師からの経験談は非常に有益な情報といえるでしょう。教材では得られなかった知識を、デブリーフィングで存分に得ることがおすすめです。

なお、デブリーフィングは教材研修の後だけでなく、教材研修とシミュレーションの実施後に行うケースもあります。

シミュレーションを実施する

DVDによる教材研修やグループでのデブリーフィングが終了したら、次は先輩看護師が患者さん役となり、多重課題のシミュレーション・ロールプレイングを実施します。シミュレーション時の役割は、患者さん役以外にも医師・先輩看護師役が配置されるケースもあります。シミュレーションはあらかじめ3~5分程度の実施時間が定められており、限られた時間内できちんと対応できるか・適切な優先順位で対応できるかがチェックされます。

シミュレーションの状況設定は、各新人看護師の担当部署にあわせた設定内容で行われることが基本です。また、病床や備品なども実際の臨床場面と同様の物もしくは似た物を準備して、臨場感をもたせているケースも多々あります。臨場感があることで緊張感も高まり、実践現場にいるような気分となるでしょう。

シミュレーションの実施中は、ビデオ撮影を行う病院も少なくありません。撮影したビデオは、後の工程であるフィードバック時にて活用されます。

フィードバックを行う

多重課題のシミュレーションを実施した後は、撮影していたビデオを視聴しながら、もしくは記録していた資料を閲覧しながら、指導者である先輩看護師からのフィードバックを受けます。このとき、再度デブリーフィングを行うこともあります。

フィードバック時は、ロールプレイングの対象者となる新人看護師の動きを見て、一つひとつ指導やアドバイスを受け、「このとき、なぜこのような動きをしたのか」などの意見交換を行うことが基本です。

フィードバックは、先輩看護師からの指導を受ける新人看護師の成長の場でもありますが、同時に指導を行う先輩看護師の成長の場でもあります。先輩看護師は、緊張している新人看護師から本音の意見を聞き出したり、活発に意見を交換しあったりするための土台を作らなければならないためです。

また、フィードバックは多重課題研修における最終工程となります。研修を受けた後は、研修で得た知識をもとに実際に多重課題に1人で対応しなければならなくなるため、新人看護師は先輩看護師からの助言・指導はきちんと聞き入れること・疑問点があれば積極的に聞くことを心がけておきましょう。

看護師の成長を促す多重課題研修のポイント

看護師の成長を促す多重課題研修のポイント

多重課題研修には、医学界新聞で推奨されているメリルの「IDの第一原理」が取り入れられることがあります。メリルの「IDの第一原理」とは、テクノロジーとインストラクショナルデザインを専門とする教育研究者のM・デイビッド・メリルが、効果的な学習環境の実現に向けたさまざまな理論を分析し、共通する点を5つのポイントにまとめた理論です。

メリルの「IDの第一原理」

(1)現実に起きそうな問題に取り組む

(2)これまでに身につけた知識を生かす

(3)解決策をを例として示す

(4)現場での活用と結びつける

(5)振り返りを行う

ここからは、メリルの「IDの第一原理」に基づく多重課題研修のポイントを、ポイント別に詳しく紹介します。

現実に起きそうな問題に取り組む

メリルの「IDの第一原理」を用いた多重課題研修では、まず大前提として「現実に起きそうな問題」に取り組むことが重要とされています。現実に起きそうな問題を提示することによって、実際の臨床現場においてどのように活用できるかといったイメージを具体的にもつことができるためです。

例えば、多重課題研修を受ける対象者が「内科病棟で働く新人看護師」の場合は、「内科病棟の〇号室に入院する〇人の受け持ち患者さんがいる」と事細かに想定し、シミュレーションの構成を考えます。

受け持ち患者さんの情報は、多重課題が起こる時点での症状だけでなく、ここ数日の身体状況や特徴が記されるケースもあるでしょう。そのため、多重課題研修を受ける新人看護師は、単純に多重課題が起きたときの状況だけでなく、患者さんが訴える症状・身体状況を深くチェックして判断することが求められます。

これまでに身につけた知識を生かす

メリルの「IDの第一原理」に基づく多重課題研修では、これまでに身につけた知識を生かすことも重要としています。

多重課題研修は、新たに知識を得られる場でもあります。シミュレーションやグループディスカッションを行う際は、まずこれまで看護師として勤務する中で得た知識を活性化させることとなるでしょう。

しかし、多重課題の事例は千差万別であり、必ずしも自身が得ている知識をそのまま流用すればよいというわけにはいきません。「自分が今もっている知識だけでは不十分」「新たな知識が必要」と実感できれば、結果として知識を積極的にアップデートさせられることにもつながります。

多重課題研修プログラムを組み立てる担当者は、新人看護師が研修を通じて「新たな知識・スキルを身につける必要がある」と思わせることができるかを重視する必要があるでしょう。

解決策を例として示す

基本的に「研修」というと、議題に沿った情報を一通り伝えるだけで終了するケースも少なくありません。もちろん、有益な情報や知識を説明することは重要ですが、多重課題研修を受ける新人看護師にとって、学んだ知識を実際の臨床現場でどのように活用すべきかまで理解しきれない可能性もあります。

例えば、多重課題における患者さんの優先度について説明をする際は、「優先度は患者さんの生命の危険性・緊急性で決める」「患者さんへの配慮が必要」とだけ説明するのではなく、「実際の臨床現場で起こりそうな多重課題事例」を示し、具体的にどのように優先順位を付けるのかといった解決策をあわせて説明しましょう。

実際の臨床現場で起こりそうな事例を出すことは、メリルの「IDの第一原理」に基づく多重課題のポイントである「現実に起きそうな問題に取り組む」にも結びつきます。解決策を例として示すことで、新人看護師は知識の応用がしやすくなります。

多重課題研修において指導者となる先輩看護師は、新人看護師に対して基本かつ重要な知識・ルールを一通り説明した後に、解決策を例として示すという流れで進めることが最もおすすめです。

現場での活用と結びつける

研修で指導者が基礎的な知識や解決策を伝えるだけでは、研修対象者のスキルアップは期待できません。特に、あらゆる状況下での多重課題が起こり得る看護現場においては、研修を受けていたとしても、いざ複雑な問題に直面すると対応しきれない可能性もあります。

そのため、指導者である先輩看護師は、新人看護師が多重課題研修で得た知識をもとに適切に行動できるよう、あらゆる場面を想定したシミュレーションを実施することが重要です。また、シミュレーションにおいてミスをしてしまった新人看護師に対しては、ミスをしたことに対して叱ってはなりません。「なぜそのような対応をしたのか」を聞き出し、「本来であれば、このような理由でこうすべきだった」と、解決策と理由を提示してあげましょう。

新人看護師にとって、多重課題研修におけるシミュレーションは緊張感の高まる工程であり、ミスの許されない場面とプレッシャーを感じてしまうこともあります。しかし、シミュレーションで100%的確に対応できる新人看護師は一握りです。

シミュレーションは、あくまでも現場での活用と結びつけるために実施される「練習問題」です。対応に間違いがあれば、先輩看護師からそのミスをもとに「あの場面ではどうすべきか」「なぜその優先順位が間違っていたか」と具体的なフィードバックを受けられます。

振り返りを行う

メリルの「IDの第一原理」に基づく多重課題研修では、研修だけで完結しないことを重要視しています。先輩看護師からのフィードバックに加えて、新人看護師が多重課題研修を受けてどのような知識を得られたのか、臨床現場でどのように活用できそうなのかを振り返る時間も必要です。

多重課題研修で学んだことを看護実践に生かすことができなければ、学びを得たとはいえません。指導者である先輩看護師は、新人看護師が発表した振り返りの内容をもとに、最終的な助言を行って成長をサポートすることが求められます。

また、振り返りが終わると多重課題研修は終了します。前述の通り、多重課題研修が終了した後は実際の臨床現場において多重課題にきちんと対応しなければならなくなるため、疑問点や不安点が残っている場合は先輩看護師にしっかり質問しておきましょう。

看護現場で発生する多重課題の優先順位の付け方

看護現場で発生する多重課題の優先順位:生命維持(救命)の視点

多重課題の優先順位を判断する要素には、下記の5つの視点が挙げられます。基本的に、どの病院においても共通する視点です。

(1)生命維持(救命)の視点

(2)安全管理の視点

(3)応援要請・報告の視点

(4)時間管理の視点

(5)ほかの患者さんへの配慮の視点

多重課題が起きた際は、上記の視点に基づいて優先順位を付けます。中でも、命にかかわる「生命維持(救命)の視点」が最も重要な視点となります。

では、各視点からどのようにして優先順位を付けるべきなのでしょうか。ここからは、5つの視点に基づいた多重課題における優先順位の付け方を、患者さんに配慮した優先順位・業務スケジュール上の優先順位に分けて紹介します。

患者さんに配慮した優先順位

病棟では患者さんの命を預かっているため、生命の危険に関する状況は当然最優先となります。多重課題が起きた際は、まず「生命の危険があるか」を判断することが重要です。患者さんによっては、一見問題なさそうな症状だったとしても、容体が突然変わる可能性もあります。患者さん一人ひとりの病歴や傾向も踏まえたうえで、すぐに対処すべきかどうかを決定しましょう。

また、生命の危険が特にない場合でも、安全管理の視点を忘れてはなりません。

例えば、車いすが必要な40代の患者さんのトイレ介助を行うため、ベッドから車いすに移動している最中に、衝動性のある認知症患者さんからトイレ介助を依頼されたときは、なるべく足の悪い認知症の高齢患者さんから対応します。

依頼された順番の通り車いすが必要な40代の患者さんからトイレ介助を行うと、その最中に認知症患者さんが失禁をしてしまったり、トイレに急がなければという思いから転倒してしまったりする可能性があるためです。

このように、多重課題では適切な観察力や判断力をもって一人ひとりの患者さんの状態を瞬時にアセスメントし、安全な対処法を考えることがポイントといえるでしょう。

業務スケジュール上の優先順位

患者さんからの状況からは優先順位を付けがたい場合は、業務スケジュール上の優先順位を付けることがポイントです。

看護師の仕事は、患者さんの点滴・与薬やナースコール対応だけではありません。入院する患者さんは定期的に検査を行う必要があり、看護師は受け持ち患者さんの検査・手術などをサポートすることが基本です。検査などの日程はあらかじめ決められており、受け持ち患者さんのスケジュールは看護師にとっても最も優先度の高いスケジュールとなります。

業務スケジュール上の優先順位を考えることで、自身が行わなければならない決まった業務をだいたいどれほどの時間でこなすべきかが見えてくるでしょう。1日の行動を組み立てやすくなるため、常に気を引き締めながら業務にあたれるだけでなく、何らかのトラブルが突然起きても冷静に対処できるようになることもメリットです。

看護師の仕事に、「緊急」は付き物といえます。いつ患者さんの容体が急変しても、優先順位を誤らず、落ち着いて対応できるように、日ごろから業務スケジュールの優先順位付けをして、効率よく仕事を進めることが大切です。

まとめ

看護現場における多重課題とは、複数の看護業務や課題が同時に重なって起きてしまう状況のことです。複数の患者さんを受け持つようになってきた新人看護師は、多重課題研修を受けることが基本です。

多重課題研修は、医学界新聞で推奨されているメリルの「IDの第一原理」に基づいて行われています。DVDなどの教材から学んだ後はグループディスカッションを行い、知識を十分に得たうえでシミュレーションを実施し、振り返りをするという内容が一般的です。新人看護師の看護実践能力の向上を目的に実施される研修ですが、指導者である先輩看護師も学びを得られる大切な機会といえるでしょう。

「マイナビ看護師」では、全国の看護師求人を豊富に掲載しております。無料転職サポートのご利用で、看護業界に精通したキャリアアドバイザーがマッチ度の高い非公開求人のご紹介から面接の日程調整・履歴書の添削まであらゆるサポートを受けられます。就職・転職を検討している方は、ぜひマイナビ看護師にご相談ください。

著者プロフィール