看護職への理解を促し、その地位向上を図ることを目的とした世界的なキャンペーン「Nursing Now」の一環として、「Nursing Now:看護の力で未来を創る」がZoomウェビナー形式で2021年1月21日に開催されました。ここでは、午後のプログラム「Nursing Nowフォーラム・イン・ジャパン」(主催:日本看護協会/笹川保健財団)の内容について、特に現役看護師に伝えたいことを中心にレポートします。
約4900人が視聴した注目度の高いイベント
みなさんは、2020年が「看護の日・看護週間」制定30周年・ナイチンゲール生誕200周年という、“記念すべき年”であることを知っていましたか? それに合わせて世界中で展開されてきたキャンペーン「Nursing Now」の一環として、この1月に日本看護協会が「Nursing Now:看護の力で未来を創る」を開催しました。当日は、看護職をはじめとした医療関係者や一般の方が個人で視聴したほか、約260カ所のパブリック・ビューイング会場も設置。合計で約4900人が視聴する大盛況のイベントとなりました。
午前中に「看護の日・看護週間」制定30周年記念式典と「第10回忘れられない看護エピソード」の表彰式が行われた後、午後のプログラムでは、看護職が持つ可能性について議論を繰り広げる「Nursing Nowフォーラム・イン・ジャパン」が開催されました。オープニングセッションの基調講演では、Nursing Now事務局長であるバーバラ・スティルウェル氏が登壇。Nursing Nowの活動内容や方向性を示したうえで、「看護職がその能力を最大限に発揮するためには、ナース・プラクティショナー(一定範囲の診療を行う上級看護師)のような行動実践を重ねるとともに、一人ひとりが影響力のあるリーダーであることが必要」などと話しました。
「看護師が社会を変える」の実践者に注目!
その後は3つの分科会にわかれて、それぞれのテーマに沿った熱い議論が交わされました。なかでも注目したいのは、「在宅看護と持続可能な社会~看護師が社会を変える~」と題した分科会2で、世界各地で高齢化が急速に進むことを見据えつつ、「地域住民の健康維持・増進のために看護師がどのように活動すべきか」が検討されました。日本からの演者となったのは、笹川保健財団による「日本財団在宅看護センター起業家育成事業」を修了し、起業した看護師たち。ここでは、その発表の一部をご紹介しましょう。
「看護師の地域社会介入~看多機の仕組みと実際~」
——沼崎美津子氏(在宅看護センター結の学校 管理者)
超少子高齢多死社会を迎える日本では、多様なニーズにこたえられる看護への期待が高まっています。医師のいない現場でも活躍し、対象者の存在を丸ごと受け止めてケアする「地域看護師」が、安心して暮らせる地域社会づくりの中心になるはずです。
たとえば、看護小規模多機能型居宅介護(看多機)では、訪問看護・訪問介護・通い・泊まり・相談といったサービスを一体的に提供。医療ニーズの高い人を24時間365日支えているほか、なじみあるスタッフが常に関わっているため、利用者・ご家族ともに大きな安心を得ることができます。
そうした看多機のひとつである「在宅看護センター結の学校」(福島県福島市)の看護職は、関係機関との密接な連携を通して、地域の「かかりつけ看護師」として活動しています。在宅での看取りを担うことも多く、利用者やご家族の状態に合わせた柔軟なケアを心がけています。たとえば、胃がんなどを抱えたある利用者さん(要介護5)は、夜勤の多いご長男と2人暮らしで、夜中は一人きりで過ごす状態でした。そのため、ご家族の生活リズムに合わせた泊まり・通い・訪問のプランを作成・実施したところ、それまでは困難だった食事の経口摂取が可能になり、編み物などを楽しめる日もありました。徐々に病状が進行して看多機で最期を迎えましたが、ご長男からは「自分一人だったらパニックになっていたと思う。母も、大好きだった結の学校で皆に看取ってほしかったはずだ」という言葉をかけていただきました。
私たちは、対象者の苦悩に寄り添える「もう一つの自宅」でありたいと願っています。看多機の役割は、「疾患や障害を抱える方も一人の生活者である」という点をふまえて、いつもの暮らしを最期まで続けられるよう支援すること。今後は、地域共生社会の構築に向けて、積極的に関与できる人材育成が重要だと考えます。
「訪問/在宅看護から地域ケアへ~地域・コミュニティケア、プライマリ・ヘルス・ケアへのチャレンジ~」
——磯野祐子氏(一般社団法人コ・クリエーション 代表理事)
「地域まるごとケア」とは、老いや病気を支えるための医療・介護の連携、そして地域コミュニティの中での支え合いで、互いがうまくつながり合うことを意味する言葉です。地域の人たちと時間をかけて作り上げていく、地域包括ケアよりもさらに広いつながり——。そんなイメージで、先駆的な地域医療・介護を実践してきた先輩方によって提唱されました。そして、私はこれを訪問看護の視点から実践したいと思い、「地域まるごとケアステーション川崎」(川崎市幸区)を立ち上げました。
後期高齢者が必要としているのは、主に「多数の慢性疾患や老いとの調和」「生活支援」「役割や社会参加」の3点で、これらを通して命の尊厳を守る地域・コミュニティケアが重要です。そのため、訪問看護における個別ケアだけでなく、地域資源(ヒト、モノ、コト、場)を活用して「本人を中心とした地域ケア」につなげることを強く意識しています。たとえば、農家の直売野菜を使った参加型の地域リハビリテーションなどの実現もそのひとつです。また、大都市部では急性期・専門病院が多く、ケアが医療に偏りがちですが、そうした観点からも、本人のコミュニティや文化を生かした総合ケアマネジメントの実践が重要だと考えます。
加えて、引きこもり、貧困、ホームレスといった“生きづらさ”を抱えた人々の支援も欠かせません。地域福祉に移行するための「つなぎ役」として、私たちは訪問の移動時に「ちょっと気になる人」がいたら積極的にあいさつし、対話を楽しむことを心がけています。中年期の引きこもりの方から「自転車に乗りたい」というニーズを引き出し、有償ボランティアにつなげた事例もあります。誰一人として取り残さず、一人ひとりが主役として生きられる街づくりを目指して、これからも地域の「ゆるいつながり」を大切にしていきたいです。
「Nursing Nowニッポン宣言」を胸に、前へ
同時に行われた分科会1では「トリプル・インパクトと政策」をテーマに、SDGsの3つの目標(※)に看護職が貢献することを目指して、「政策推進におけるエビデンスの重要性」が検討されました。また、分科会3では「災害に強いコミュニティ、安全・安心な社会の構築に向けた看護の貢献」と題し、災害リスクの削減と災害対応・復旧に関わった看護職の取り組みに焦点が当てられました。
多くの有益な議論が交わされた後、日本看護協会の福井トシ子会長による「Nursing Nowニッポン宣言」で締めくくられたNursing Nowフォーラム・イン・ジャパン。社会がどのような状況にあったとしても変わらない、「看護の力」を再認識させられる一日となりました。
※SDGsの3つの目標:持続可能な開発目標(sustainable development goals;SDGs)における目標3「すべての人に健康と福祉を」、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」、目標8「働きがいも経済成長も」のこと。
【Nursing Nowニッポン宣言】
・健康な地域・健康な社会づくり、人々の生涯を通した安心・安全で健康な暮らしに、これまで以上に貢献します。
・看護職が社会のニーズを満たし、あらゆる場でその力を十分に発揮できるよう、実践から政策まで、それぞれの変革を推進するための意思決定に参画します。
・利用可能な最善のエビデンスに基づく、よりよい意思決定に寄与するため、幅広くエビデンスの集積に取組みます。
・これらの日本における取組み・成果を世界と共有し、世界的な目標であるSDGsの達成、世界の人々の健康向上に尽力します。
取材・文/横井かずえ
写真/日本看護協会提供