高いスキルを持っているにもかかわらず、狭い世界でしか仕事をしていないせいで、価値観が固定化されたり、成長が自覚しにくかったり……。そうした状況が災いして、ここ数年は自分に自信が持てず、離職してしまう看護師が増えていると言われています。読者のみなさんも、心あたりがある話題かもしれませんね。
しかし、何もしないまま「自分はダメだ」と決めつけてしまうのはとても残念なこと。結論を急ぎすぎるのも考えものです。「環境を変えてみる」「新しいことにチャレンジして成功体験を積み上げてみる」など、ちょっとしたきっかけから状況は好転するかもしれませんよ。
そこで今回は、数多くの資格を取得し、常に前向きな挑戦を続ける“資格芸人”の市川さんにお話をうかがい、看護業界を取り巻くこの問題の打開策を探ってみることにしました。資格を取ることで好転したご自身の状況や、資格を取得することで生まれるメリット、看護師におすすめの資格などについて、たっぷりお話していただきました。
[お話をうかがった方]
お笑いコンビ「女と男」の男性側、資格芸人
市川義一さん
最初に合格したときは「やっと世の中に認められた」という気持ちだった
――著書『地味な資格だけで人生は豊かになる』の発売、おめでとうございます。編集部でも楽しく拝読いたしました。文中にも記載されていましたが、現在市川さんが取得された資格は47個にのぼるとか。すごい数ですね。
市川:ありがとうございます。ただ、訂正があります。最近またひとつ増えて、48個になりました。
――今度はどのような資格を取得されたのでしょう。
市川:「唐揚検定」です。
――そんな検定があるんですね。でも、なぜそれを取ろうと思ったんですか?
市川:家で息子と一緒にいるときに、「僕に取れる資格って何かないの?」と言われたので、「何が好きなんだ?」と聞いてみたんです。やみくもに取得を目指すより、何かしら取っかかりがあったほうがいいじゃないですか。そしたら、「唐揚げが好き」だと(笑)。それで、いちおうインターネットで検索してみたら、「唐揚検定」なるものがあったんですよ! 日本唐揚協会が実施している検定で、オンラインで取得できるとのことだったので、2人でワイワイ楽しみながら設問に答えて取りました。ちなみに無料です。
――そんなに簡単に取れるのは驚きです。取得すると証明書がもらえたりするのですか?
市川:たいていの資格は合格証のようなものをもらえるんですが、「唐揚検定」の場合は、唐揚の形をしたピンバッヂでした(笑)。
――息子さんにはいい記念になりましたね。市川さんがいちばん最初に取ったのはファイナンシャルプランナーの資格ですが、挑戦しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
市川:僕は「女と男」というお笑いコンビを組んでいるんですが、以前、相方は週5〜6回仕事があるのに、僕は週7日間休みという時期があったんです。当時は、アルバイトの稼ぎで何とかつないでいましたね。そんなある日、たまたま元芸人でファイナンシャルプランナーの方と知り合って、「ファイナンシャルプランナーの資格を持っている芸人なんかおらんから、市川くんやってみたら?」と言われたんです。
もちろん、その頃の僕にはファイナンシャルプランナーについての知識なんてありません。それでその人に、「どんな資格ですか?」と聞いてみたところ、「お金に関する資格やで」というシンプルな答えが返ってきたんです。アルバイト生活だけにお金には興味があったし、実は大学の専攻も経済学部。金融関係の会社で働いた経験もあるので、「面白そうだから取ってみよう」と即決しました。
といっても、それをきっかけに金融系芸人になろうとか、講演会で稼げるようになろうとかは、一切考えていませんでした。
――そこからどんどん別の資格に挑戦していくことになりますが、何か理由があったのでしょうか?
市川:ファイナンシャルプランナーの資格を取ったときに、めちゃくちゃうれしかったんですよ。当時は、お笑い芸人として売れているわけではないし、仕事もあまりなかった。なので、人に認められる実感がなかったんですよね。だから、合格したときは「やっと世の中に認められた」みたいな気持ちでした。その喜びが忘れられなくて、次の資格に挑戦した感じです。
ファイナンシャルプランナーの次に取得したのは、家電製品アドバイザーです。もともと家電が好きだったので、「家電量販店のネタを作ってみようかな」「どうせネタにするなら本物の資格を持っているほうが面白いかも」と思っているうちに、参考書を買っていました(笑)。試験が結構難しくて2回落ちたんですが、家電に詳しくなりたいという思いと、仕事につながるかもしれないという思いがあったおかげで、何とか頑張れましたね。
――資格の数はそこから48個まで増えました。挑戦する資格を決めるときのポイントのようなものはあるのでしょうか。
市川:決め手は3つあります。1つめは、「自分が好きなもの」、2つめは「芸人の仕事につながるもの」、3つめは「人からすすめられたもの」です。
――人からすすめられることもあるのですか?
市川:これだけ資格持っていると、先輩が面白がって「○○っていう資格があるらしいから、取ってみたら?」とすすめてきたりするんです。で、実際に取得すると、「すすめた手前、責任取らなあかんな」と思うのか、いろいろとフォローしてくれるんですよ。
実際、こんなことがありました。関西に月亭八光さんという先輩がいて、その方が芸人さんと行くバスツアーを企画したんです。ただ、そうしたバスツアーは、法律で添乗員の同行が義務づけられているので、芸人に支払うギャラとは別に添乗員さんの費用が必要になる。そしたら、それを知った八光さんが「お前が添乗員の資格取ったら、芸人と添乗員としてのギャラ、ダブルでもらえるんちゃうか?」と言い出したんです。もちろん、「そういうことなら取りますわ」と快諾しました(笑)。
花形資格を持っている人は、地味めの資格取得に挑戦してみて!
――「ナースプラス」の読者はおもに看護師です。実は近年、看護師の自己肯定感が下がっていると言われていて、患者さんの対応や職場の人間関係に疲れて心を病んでしまうケースも少なくないんです。
市川:そうなんですか!? 僕も一昨年、2回ほど入院して看護師さんにはずいぶん勇気づけられました。だから、すごい職業だと思っています。でも、狭い世界に長くいると、自分に自信が持てなくなるのはわかる気がしますね。
以前、大阪の大企業の社員さんの前でしゃべらせてもらう機会があったんですよ。僕からしたら、一流企業に勤めているだけで「すごい人やな」と思うんですけど、当の社員さんたちからは「果たしてここにずっといてもいいのだろうか」「自分は大したことないんじゃないか」みたいな話が聞こえてくる。ちょっと、意外でしたね。仕方がないので、「僕を見てください。芸人といってもわあわあ変なことをしゃべっているだけですよ。おまけに吉本興業は歩合制で、働いても働いても全然将来が見えない。みなさんは立派なので、もっと自信持ってください」なんていう自虐話で元気づけました(笑)。
看護師さんは立派な職業ですし、尊敬できる仕事です。だからこそ、もっと自信を持ってほしいですね。
――市川さんのように、さまざまな資格を取得することで、自己肯定感を上げることはできるでしょうか。
市川:できると思いますよ。先ほどもちらっと話しましたが、どんな資格でも取れればすごくうれしいですし、「認められた」と実感できます。芸人の世界も、売れているか売れていないかでどうしても差が出てしまって、へこむこともありますけど、資格を持っているとまわりからほめられることも多くて、自信につながるんですよ。
――ちなみに、資格ビギナーでも簡単に取れる資格で、おすすめのものはありますか?
市川:ちょっと変わった資格ですが、「カッパ捕獲許可証」なんてどうでしょう。岩手県遠野市の観光協会が発行している許可証で、これを持っているとカッパを生け捕りしたときに1,000万円もらえるので夢もあります(笑)。何がいいって、切手を220円分送りさえすれば、許可証が家に送られてくるという手軽さですね。とはいえ、ちゃんとした免許証ですから取得の喜びは得られますし、話のネタにもなりますよ。
――確かに、話のネタにはなりそうです。ところで、書籍のタイトルにある「地味な資格」とはどのようなものですか?
市川:何が地味で、何が派手なのかは個人の主観によりますが、僕の中では「医者」とか「弁護士」というのは、資格として花形だと思っています。それこそ、看護師さんも立派な国家資格だし花形じゃないですか。逆に「唐揚検定」とか「カッパ捕獲許可証」は、資格としては地味ですよね。
ただ、すでに花形資格を持っている人には、地味な資格をおすすめします。看護師さんがもし新たに資格を取るなら、「カッパ捕獲許可証」とかでいいんです。花形資格を持っているのに、ほかに持っている資格は地味なものばかり。その落差があれば、「看護師さんなのに、こんな一面もあるんだ」と親近感を持たれると思いますよ。
以前、行政書士さんの前で講演会をしたときに聞いたんですけど、行政書士は資格マニアの人が多くて、社会保険労務士とかの難しい資格もたくさん持っているらしいんです。それって、すごいことですよね。でも、それを他人に知られてしまうと「この人すごい賢い人や!」と思われて距離を置かれるんだとか。みなさん、それを悩んでいました。でも、もし行政書士以外の資格が「カッパ捕獲許可証」だったら? まわりの人はきっと心の距離を縮められますよね。
――地味な資格イコール手軽な資格ということなんですね。話を聞いていたら、「カッパ捕獲許可証」がほしくなってきました(笑)。
市川:手軽な資格や楽しい資格をたくさん取れば、まわりから親近感を持たれるし、コミュニケーションの幅も広がる。そしたら、人生もぐっと豊かになるんじゃないでしょうか。
看護師さんには、「チーズ検定」や「ほめ達!」がおすすめです
――看護師におすすめしたい資格について、もう少し掘り下げてみたいと思います。本業を続けながらでも取得しやすい資格をいくつか挙げていただけますか?
市川:まず、おすすめしたいのは「C.P.A.チーズ検定」ですね。申し込みの後、事務局から送られてくるテキストを読み込んで勉強をする必要はありますが、資格取得までの流れはとてもシンプル。試験当日に会場で講義を聞いた後、テストを受けて終了です。
――忙しい看護師さんからすると、手軽にチャレンジできるのはうれしいですね。やはり、「チーズ」と「看護師」という落差がおすすめの理由でしょうか?
市川:もちろんそれもあります。ただ、落差という点から言うと、看護師に関係のない資格なら何でもいいと思います。大事なのは、コミュニケーションの幅が広がるかどうかですね。
看護師さんって、患者さんとコミュニケーションを取らないといけないでしょう? もし、入院患者さんとの雑談で「私、チーズ検定持っているんですよ」って話したら、相手はどう出ると思いますか? おそらく多くの患者さんが、「何それ」と興味を持ってくれますよね。そして、そこから会話が広がれば、話した自分も患者さんも楽しくなれると思うんです。看護師さんは女性が多い印象ですし、女性にはチーズが好きな方が多い。患者さんにとっても身近な素材なので、話のネタになりやすいんじゃないでしょうか。
――そういえば、資格取得にあたって「自分の好きなもの」を選ぶのも、大切なポイントだとおっしゃっていましたね。
市川: あとは「ほめる達人検定」、通称「ほめ達!」もおすすめです。人のいいところを見つけてほめる技術を磨く資格なんですが、まず試験が面白い。例えば、3級の試験では知らない人と2人1組のペアにされて、「お互いのいいところを10個書いてください」と言われるんです。これは、思考をポジティブにする訓練になりますよ。仕事で腹が立ったときに、気持ちを切り替えるのに役立つと思います。
さらに、「ほめ逹!」3級の検定では、「すごい」「すばらしい」「さすが」という3つのキーワードを自在に使いこなすことが求められます。ほめられて嫌な気分になる人はいないので、この技術を高めていくと人とのコミュニケーションが円滑になるんじゃないでしょうか。ちなみに、「すごい」「すばらしい」「さすが」は、「ほめ逹!の3S」とも呼ばれているので、覚えておいてください。
――そこは覚えなくていいような気もしますが……。人との関わりが多い看護師にはうってつけの資格ですね。
市川:最後にもう1つ、「食品衛生責任者」もおすすめしたいです。飲食店に入ると、壁に証明書が貼られているのを見かけますが、あれってカッコいいですよね。僕も、昔バイトしていた牛丼チェーン店に飾ってあったのを思い出して取得しました。居酒屋やファミレスの店長は必ず取らないといけないきちんとした資格なんですけど、講習と試験は1日のみ。講習のとき、先生が「こういう問題が出ますからね」と親切に教えてくれるので、その後のテストで間違うことはほとんどありません。多くの方が取得できるんじゃないでしょうか。
看護師さんが「食品衛生責任者」を取得して、「私、飲食店も経営できます」って言えたらカッコよくないですか。本当に転職したくなったときに、飲食店を開業するという選択肢も増えるので、取っておいて損はないと思います。
――「食品衛生責任者」という名前を聞くと難易度が高そうに思えますが、取得率は高いのですね。では、今挙げていただいたような資格を実際に取得した場合、どのように生かしていくのがいいでしょうか?
市川:資格を取ったら、「こんな資格持っているんですよ」とまわりにアピールしてください。それがほかの看護師さんや患者さんに伝われば、「この話なら、あの人に聞けばわかるかもしれない」と頼りにされるかもしれませんよ。チーズ検定を取得した人なら、きっと「おいしいチーズ教えて」と聞かれるはずです。
また、人に聞かれるたびに調べものをしたりもするので、最初は浅かった知識がどんどん深まっていきます。知識が深まれば、まわりからさらに信頼が得られるので、いい循環が生まれると思いますよ。
――ありがとうございました。それでは最後に、「ナースプラス」の読者にメッセージをお願いします。
市川:資格という言葉を聞くと、つい身構えてしまう人もいるかもしれません。でも、資格には簡単なのや楽しいものもたくさんあるということを、ぜひ知ってもらいたいですね。
仕事で失敗して落ち込んだり、自分に自信が持てなくなったりしたときは、何か簡単な資格にチャレンジしてみるのもいい方法だと思います。看護師のみなさんは、資格が取れたときの喜びをよく知っているはずなので、その喜びを再び味わって元気を取り戻してはどうでしょう。資格からコミュニケーションの輪が広がれば、より充実した毎日になりますよ!
取材・文:木下喜子
[著者プロフィール]
市川義一(吉本興業所属のコンビ「女と男」の男性側)
1980年、⼤阪府出⾝。⼤学時代に吉本興業のオーディションを受けるも、まったく結果がでないまま夢やぶれ、⾦融業界に就職。しかし芸⼈になる夢を諦めきれずに、今の相⽅のワダちゃんと出会って「⼥と男」(当時は「男と⼥」)を結成して芸人活動を再開。
ところが相⽅だけピンでの仕事が増える。自身はアルバイトの⽇々が続く中、あるきっかけで資格取得に乗り出す。やがてフジテレビ『爆笑レッドカーペット』で仕事が増え出し、芸能リポーターの井上公造さんのモノマネでピンでの活動も増加。
そこにコロナ禍直撃で、仕事が激減。また資格の勉強を本格始動したら、取得した資格の数が40以上に。すると何年も前に取ったものも含め資格にまつわる仕事が増え出し、講演会などの仕事まで舞い込む。2024年7月現在の取得資格数は47にのぼる。
現在はテレビ、ラジオや劇場での出演はもちろん、講師、司会、審判、ライフプランの相談、飲食やサウナやコミュニケーション術のアドバイスほか多岐にわたって活動している。
▶︎『「地味な資格」だけで人生は豊かになる 資格で人生を激変させた「資格芸人」が教える処世術』著:市川義一 発行所:株式会社 Gakken
定価:1,650円(税込) 発売日:2024年8月29日 判型:四六判/192ページ 電子版:あり
ISBN:978-4-05-407003-5
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