vol.126
東京・港区で赤坂芸者衆を招いた感染症対策セミナーが開催
新聞やテレビのニュース等でも報じられておりましたが、10月28日(水曜)に東京・港区で一風変わった感染症対策セミナーが行われました。
古くから市井の人々が使用していた「扇子」が、単に涼をとるための道具ではなく、会話中に口元をおさえることで、相手との空気感染を遮断する効果を挙げていることなどを検証。そして「扇子使いのプロフェッショナル」ともいえる地元・赤坂芸者衆が登壇し、華麗な踊りを披露したり、その伝統の扇子の使い方をレクチャーするなど盛りだくさんの内容でした。
医療や看護面だけでなく、日本の伝統文化を見直す意味でも有意義なセミナーとなりました。
セミナーを企画した看護師・堀成美さん
「ウイルス」の概念すらなかった江戸時代の感染症対策とは?
セミナーはヘルスケア分野にとどまらず経済交流、人的交流、文化芸術交流を通じた広い分野で取り組める予防の普及啓発にも取り組む一般財団法人・松本財団と港区のコラボレーションによって実現。
会場はJR田町駅そばの港区立伝統文化交流館(旧協働会館)。この趣ある和風で古風な建物にて一風変わった感染症対策セミナーが実施されました。
JR田町駅そばに建つ港区伝統文化交流館
一般財団法人・松本財団の松本謙一代表理事が挨拶
セミナーの第1部「感染症対策ヒストリア~江戸時代の感染症」では、現役看護師でありつつ、港区の感染症専門アドバイザーとして公共施設や学校、企業などで感染症対策を指導、支援している堀成美さんが、資料を配布しつつ、現在とは違い、「ウイルス」なる概念すらも存在していなかった江戸時代の感染症トリビアについて講演を行いました。
堀成美さんが「江戸時代の感染症トリビア」について講演
江戸時代がそれまでの時代と大きく異なるのは、徳川幕府の参勤交代制度により、交通網が発達。江戸の街に人口が集中し、全国各地で、かつてない人の行き来が始まることになります。そうなると日本の中心・江戸の街に全国各地の風土病をも含めて、当然、細菌やウイルスが蔓延することになります。
まだ上下水道は整っていなかった江戸の街では天然痘(疱瘡)、麻疹(はしか)、水疱瘡(水痘)などが流行。1862年には麻疹と同時に現在でいうコレラが大流行したという記録も残されています。
飛沫対策や、接触による感染などに関する知識が乏しい時代。家の玄関に柊(ひいらぎ)の葉っぱを吊るしたり、子ども麻疹(はしか)にかかった場合には、炊いたご飯を入れておくお櫃を頭に被せると症状が軽くなる、赤いモノを身につけることで病気を追い払うことができる…などなど、今では笑い話となってしまうような、限りなく「おまじない」に近い感染症対策も多かったようです。
堀さんが当時の錦絵などに描かれた市井の人々の姿をウオッチングした結果、当時の人々がかなりの頻度で「扇子」を使用していたことを発見。扇子は現在、100円ショップなどでも簡単に入手できますが、夏場を過ぎると売り場から姿を消してしまうことも多いようで、やはりその使用法は「涼むための道具」と認識されているようです。
ところが錦絵などをよく見ると、春夏秋冬関係なく、人々が密集した場所において、口元を扇子で隠す人々の姿が散見されます。
つまり扇子は当時、必ずしも涼をとるためだけでなく、羞恥心的な意味合いで口元を隠し、会話の最中、相手や自分の吐息や唾液などが飛散しないようにする「マナーの小道具」として利用されていたことが分かります。マスクがなかった時代ならではの「生活の知恵」とも言えるでしょう。
もちろん、扇子が即、マスクの代用品として利用できます…という短絡的な話ではなく、マスクを着用できない飲食時などに、手元に扇子を置いておくだけで、飛沫対策としていろいろと利便性が高いということです。
堀さんは「アクリルパネル(の設置)は防御として最高なんですが、現実問題として喋りづらいし、食べづらい。人と人との間に壁があるというのは難しい…。実際に食べたり飲んだりしている時には、私たちは喋っていないんですよ。食べ物や飲み物をゴクンと飲み込んだ後にこそ『ああ美味しいね、これ』とか言いつつ喋っている。そういう場面でハンカチで押さえたりする人も多いんですが、アイデアの一つとして扇子を利用する方法もありますよ、という話ですね」と説明しました。
会場では資料とともに、折り紙の要領で、1枚の抗菌加工された厚めの紙を山折り谷折りを繰り返し、ジャバラ折りにすることで扇子状へと仕上げる「飛ばしま扇子」が配布。参加者一同、興味津々にマイ扇子を組み立てていました。
赤坂芸者衆が華麗な踊りを披露!
赤坂芸者衆の登場で会場は華やかなムードに
セミナーの第2部では「文化を楽しむ」として、港区きっての花街・赤坂で活躍する赤坂芸者衆による踊りが披露されました。
赤坂の名芸妓として知られ、2015年に文化庁長官表彰、2016年には芸者として初めて旭日双光章を受賞している赤坂育子さんをはじめ、真希さん、真由さん、こいくさん、小巻さん、ゆり佳さん、そしてお囃子の千こさんが登壇。長唄「君が代松竹梅」、小唄「山中しぐれ」、長唄「藤娘」、清元「申酉」、端唄「さわぎ」が続けて披露されました。
長唄「藤娘」が披露
なかなか間近で見る機会のない本格的な踊りに、セミナー参加者一同は感嘆するばかり。堀さんのセミナーで話題となったばかりの扇子は、芸者衆にとっても大事な道具。「扇子使いのプロフェッショナル」として美しい所作とともに、扇子の使い方を披露してくれたのでした。
芸者衆はまさに「扇子使いのプロフェッショナル」
歓談中、口元を隠す所作も無駄がなく美しい
第3部では「扇子で予防」と題して、堀さんやセミナー参加者、そして赤坂芸者衆も交えての茶話会です。その場にて赤坂育子さんは「感染防止のコツというほどのモノではないのですが、普段から気をつけているのは、開いた扇子で口元を隠す場合、扇子を上向きに上げるのではなく、下に(吐息を)下げることですね。
自分の目にも(飛沫が)入ってしまいますから。お客様と2メートルの間隔を保ちつつ、ソーシャルディスタンスでお座敷に出るというのは難しいです。
ただ扇子で口元を隠したりとかだけでなく、扇子の上に乗せていただいて名刺をいただいたりとか、いろんな使い方ができました(笑)。古くからございます扇子は、皆さんもこれからご利用されると良いと思います」と語りました。
茶話会にて「扇子使い」を説明する赤坂育子さん
茶話会後の質問コーナーにて、感染症の専門家である堀さんが今、最も危惧していることとして、新型コロナ禍にあって病院に行くことを避けるようになったがために、子どもたちのワクチン接種率が低下していることを挙げました。
現時点で海外との行き来はかなり制限された状況ですが、来春に向けて制限が解除され出すと、一気に海外からの渡航客が増えることになります。子どもたちがワクチン接種をしていなかった場合、そこで風疹や麻疹(はしか)などに接してしまい、大変な危険にさらされることになります。
「今の時代だって、麻疹で1,000人から1,500人に1人の割合で死んじゃうんです。先進国でも麻疹が流行ると子どもが亡くなります。やっぱりワクチンはみんなで打ちたいんです。数字は申し上げませんが、子どもたちのワクチン接種率が下がっています。これは大変な問題です」(堀さん)
赤坂芸者衆と堀さん
日本人のほとんどが幼少時に接種するため、つい忘れがちですが、日本人の安全は幼少時におけるワクチン接種で守られている部分が大きいのも事実。
新型コロナウイルスの蔓延で、流れが断たれてしまったのは経済活動だけでなく、こうした日常の当たり前の習慣でもあります。堀さんがワクチン接種を呼び掛けつつ、約90分のセミナーは終了しました。

プロフィール
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 国際診療部 客員研究員/公益社団法人 東京都看護協会 危機管理室 アドバイザー/東京都港区 危機管理室 感染症専門アドバイザー/国立感染症研究所 感染症疫学センター 協力研究員
1968年、神奈川県横須賀市出身。神奈川県立横須賀高校卒業後、神奈川大学法学部法律学科に進学(給費生)。 在学中の研究テーマは医療過誤・国家賠償。
東京女子医大看護短期大学(現・看護学部)卒業後看護師として勤務。 民間病院勤務、がん・感染症センター東京都立駒込病院感染症科でエイズをはじめとする性感染症のケアに関わると同時に、地域における感染症予防を含めた「性の健康」教育を開始。
医療モデルではなく、育ち・支援のモデルから健康教育を行うため、東京学芸大学大学院 修士・博士課程で教育領域のアプローチを探求。
取材・文:高木圭介
写真:角田大樹