終末期の患者さんと向き合うことは、看護師にとってやりがいがある反面、難しい場面の一つかもしれません。「終末期」と一言でいっても、患者さんやご家族が経験するプロセスは非常に複雑です。身体的なケアだけでなく、精神的な支えや意思決定の支援など、看護師に求められる役割は多岐にわたります。
この記事では、「終末期とは何か」という基本的な定義を解説。また、患者さんがたどる心理プロセス、緩和ケアや看取りケアとの違い、看護師に求められる具体的なケアの内容まで分かりやすくまとめています。
終末期とは
終末期とは病気に対する積極的な治療による回復が見込めず、死が避けられないと判断された後の期間のことです。全日本病院協会の「終末期医療に関するガイドライン」によると、以下のように定義されています。
1.複数の医師が客観的な情報を基に、治療により病気の回復が期待できないと判断すること
2.患者が意識や判断力を失った場合を除き、患者・家族・医師・看護師等の関係者が納得すること
3.患者・家族・医師・看護師等の関係者が死を予測し対応を考えること
終末期には患者さんの身体的・精神的な苦痛を和らげ、生活の質(QOL)を最大限に高めるケアをすることが大切です。単に死を待つ期間ではなく、残された時間をその人らしく、穏やかに過ごすための重要な時期といえます。
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終末期の患者さんに見られる特徴

終末期を迎えた患者さんは、自らの死と向き合う中で、複雑で多様な心理的変化を経験することがあります。精神科医のエリザベス・キューブラー=ロスが提唱した「死の受容過程」は、この時期の患者さんの内面を理解する上での一つの手がかりとなるでしょう。
ここでは、代表的な5つの心理プロセスについて解説します。
否認
「否認」は、自分が死に至る病であるという事実を、心理的な防衛反応として受け入れられない段階です。「何かの間違いだ」「信じられない」といった言葉で、診断や現実を認めようとしないことがあります。
この段階にいる患者さんに対して、無理に現実を突きつけることは逆効果になりかねません。看護師は患者さんの気持ちを否定せずに受け止め、不安や衝撃が少しでも和らぐよう安心して話せる環境を提供することが大切です。患者さんが自らのペースで現実と向き合えるようになるまで、根気強く寄り添い、孤独を感じさせない関わりが求められます。
怒り
「怒り」の段階では、「なぜ自分がこんな目に」「どうして助けてくれないのか」といった感情が、周囲の人々や医療スタッフ、ときには家族にまで向けられることがあります。この怒りは、自分の力ではどうすることもできない状況への憤りや、失われていく健康への悲しみから生じるものです。
看護師は患者さんの怒りを個人への攻撃と捉えず、その背景にあるつらさや恐怖を理解しようと努める必要があります。感情を安全に表現できる場を提供し冷静に話を聞くことで、患者さんの気持ちが少しでも整理されるよう手助けをします。怒りの表現は助けを求めるサインであると捉え、冷静に対応することが大切です。
取引
「取引」は、どうにかして死を避けよう、あるいは少しでも先延ばしにしようと神や運命といった目に見えない存在と交渉を試みる段階です。「孫が生まれるまで生かしてください」「真面目に生きてきたのだから、もう少し時間が欲しい」といった形で現れます。延命への切実な願いの表れであり、失われゆく人生への執着ともいえるでしょう。
看護師は、このような患者さんの発言を非現実的だと否定せず、その願いの背景にある大切な人への思いや、やり残したことへの心残りに耳を傾けることが大切です。患者さんの希望に寄り添い、共感的な態度を示すことで、精神的な支えとなることができます。
抑うつ
「抑うつ」の段階では、死が避けられない事実であることを認識し始め、深い悲しみや絶望感、無力感に襲われます。これまでできていたことができなくなる身体的な喪失や家族との別れ、将来への希望を失うことなど、さまざまな喪失体験が重なる時期です。口数が少なくなり、自分の殻に閉じこもる傾向が見られることもあります。
看護師は患者さんが悲しみを十分に表現できるよう、静かにそばにいて寄り添う姿勢が求められます。安易な励ましはかえって患者さんを孤独にさせることもあるため、言葉を交わさずともただ存在して安心感を与えることが重要です。
受容
「受容」は、自らの死を静かに受け入れ、心の平穏を取り戻す最終的な段階です。受容は、必ずしも幸福な状態を意味するのではありません。むしろ、すべての感情を乗り越え、人生の終わりを穏やかな気持ちで迎え入れる準備ができた状態といえるでしょう。この段階にある患者さんは、残された時間を家族と静かに過ごすことを望んだり、身辺整理を始めたりすることがあります。
看護師は患者さんが望む過ごし方を最大限に尊重し、穏やかな環境を整える役割を担います。最期の瞬間までその人らしい尊厳が保たれるよう、静かに見守り、必要なケアを提供することが求められます。
終末期医療(ターミナルケア)と類似するケアの違い

終末期におけるケアを語るうえで、「緩和ケア」や「看取りケア」といった類似した言葉が使われることがあります。これらのケアは互いに深く関連していますが、その目的や対象となる時期には明確な違いが存在します。適切なケアを提供するためにも、それぞれのケアがどのような役割を持ち、どのタイミングで提供されるべきなのかを把握しておきましょう。
ここでは、終末期医療(ターミナルケア)と混同されやすい3つのケアについて、その違いを解説します。
緩和ケア
緩和ケアとは、がんや難病など生命を脅かす疾患に直面している患者さんとその家族に対し、心身のつらさを和らげ、生活の質(QOL)をできる限り高めることを目的としたケアのことです。
最も大きな特徴は病気の進行度や時期に関わらず、診断された早期の段階から開始できる点にあります。がんなどの積極的な治療と並行して行われることも多く、終末期に限定されるものではありません。
終末期医療が緩和ケアの一部であるのに対し、緩和ケアはより広い概念であると理解すると良いでしょう。つらい症状を和らげ、患者さんが自分らしく過ごせるように支えるという目的は共通しています。
看取りケア
看取りケアは、患者さんが死を迎える直前期から死後のケア(エンゼルケア)までを含む、終末期の中でも特に死が間近に迫った時期のケアを指します。終末期医療(ターミナルケア)が数ヶ月単位の期間を対象とするのに対し、看取りケアは数日から数週間という、より短い期間に焦点が当てられるのが特徴です。
看取りケアでは身体的な苦痛の緩和はもちろんのこと、患者さんが穏やかな最期を迎えられるよう精神的な安寧を保ったり、残されたご家族の悲しみに寄り添ったりします。
ホスピスケア
ホスピスケアは、終末期医療(ターミナルケア)とほぼ同義で使われることが多いですが、元々はケアが提供される「場所」や「体制」を指す言葉として発展してきました。具体的には、ホスピスと呼ばれる専門施設や病院の緩和ケア病棟、あるいは在宅で医師や看護師、ソーシャルワーカーなどから成る専門チームによって提供される包括的なケアを指します。
対象となるのは、積極的な治療が困難で余命が限られていると判断された患者さんです。身体的・精神的な苦痛を和らげ、患者さんとその家族のQOLを最大限に高めることが目的です。
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終末期におけるケアの内容

終末期におけるケアの目的は、単に身体的な苦痛を取り除くだけでなく、患者さんを一人の人間として全人的に捉え、その人らしい最期を支えることです。そのため、ケアの内容は身体的・精神的・社会的な側面にまで及びます。
ここでは、終末期におけるケアの内容を詳しく解説します。
身体的ケア
終末期における身体的ケアの最優先課題は、患者さんが経験するさまざまな苦痛症状の緩和です。具体的には、痛み、呼吸困難、倦怠感、吐き気・嘔吐、食欲不振といった症状に対し、薬物療法や非薬物療法を駆使して対応します。
また、食事や排泄、清潔保持といった日常生活動作(ADL)の援助も実施。患者さんの状態に合わせて安楽な体位を工夫したり、褥瘡を予防するためのケアを行ったりします。患者さんの尊厳と残存機能を最大限に尊重しながら、安楽に過ごせるよう支援するのが身体的ケアの基本です。
精神的ケア
終末期にある患者さんは死への恐怖や不安、孤独感、残される家族の心配など、多様で複雑な精神的苦痛を抱えています。精神的ケアの基本は患者さんの言葉に真摯に耳を傾け、その思いを受容し、共感することです。
看護師は、患者さんが安心して本音を話せるよう、その人らしい感情表現を支えます。また、患者さんの価値観や信念、宗教などを尊重し、スピリチュアルな苦悩に寄り添うことも大切です。
社会的ケア
社会的ケアは、患者さんとその家族が社会的なつながりの中で孤立することなく、安心して過ごせるように支援するアプローチです。具体的には経済的な問題や治療方針の決定に関する家族内の意見調整、死後の手続きに関する不安など、さまざまな課題への対応が含まれます。
看護師は、医療ソーシャルワーカーやケアマネジャーといったほかの専門職と連携し、必要な社会資源や制度を紹介する橋渡し役を担います。また、患者さんと家族が残された時間を大切に過ごせるよう面会機会を調整し、家族が休息をとれるよう配慮します。
終末期医療を行う場所

終末期をどこで過ごしたいかという希望は、患者さん一人ひとり異なります。かつては病院で最期を迎えるのが一般的でしたが、近年では住み慣れた場所で自分らしく過ごしたいと考える人が増え、ケアの提供場所も多様化しています。
終末期医療を行う場所とその特徴を紹介します。
病院
病院は、終末期医療を提供する代表的な場所の一つです。特に緩和ケア病棟では終末期ケアを専門とする医師や看護師、そのほかの専門職がチームを組んで、緩和ケアを提供しています。24時間体制で医療スタッフが常駐しているため、急な症状の変化にも迅速に対応可能です。また、家族の介護負担を軽減できるというメリットもあります。
一方で、面会時間の制限や集団生活といった環境が、患者さんによっては窮屈に感じられる可能性もあります。住み慣れた環境から離れることへの寂しさを感じる方も少なくありません。
介護施設
特別養護老人ホームや介護老人保健施設、有料老人ホームといった介護施設も、終末期ケアの場(看取りの場)としての役割を担うケースが増えています。長年暮らしてきた入居者さんにとっては、顔なじみのスタッフに囲まれた住み慣れた環境で最期まで過ごせるという大きなメリットがあります。
しかし、すべての施設で十分な医療体制が整っているわけではありません。そのため、施設の看護師だけでなく、地域の訪問看護ステーションや医師と密に連携し、医療的なサポート体制を構築することが不可欠です。施設のスタッフが入居者さんとその家族の意思を尊重したケアを提供できるよう、事前の話し合いが重要になります。
自宅
自宅は、多くの人が最期を迎えたいと望む場所です。住み慣れた我が家で家族やペットと共に自分のペースで過ごせることは、何にも代えがたい安らぎをもたらすでしょう。訪問診療を行う医師や訪問看護師、ヘルパーなどがチームを組んで定期的に訪問し、在宅での療養生活を支えます。
しかし、在宅での終末期ケアは家族の介護が不可欠です。24時間体制での介護は、家族にとって身体的・精神的に大きな負担となる可能性があります。そのため、介護保険サービスやレスパイト入院などを上手に活用し、家族が休息をとれるような支援体制を整えることが、在宅療養を継続する鍵となります。
終末期医療に携わる看護師に求められること

終末期医療に携わる看護師には、一般的な臨床スキルに加えて、より高度で専門的な能力が求められます。単に病気を看るのではなく、その人らしい最期を支えるという非常に繊細で責任ある役割を担うためです。身体的な苦痛を和らげるための確かな知識や技術はもちろんのこと、患者さんとその家族の心に寄り添うための豊かな人間性やコミュニケーション能力が不可欠となります。
ここでは、終末期医療の現場で看護師に求められる4つの要素について解説します。
疾患や症状に関する正確な知識・スキルを持つ
終末期の患者さんは痛みや呼吸困難、倦怠感など、多様な身体的苦痛を抱えています。そのため、これらの症状を的確にアセスメントし、効果的に緩和するための専門的な知識と技術が不可欠です。看護師は体位の工夫や環境調整、マッサージといった非薬物的なアプローチも駆使して、患者さんの安楽を追求します。
また、病状の進行を予測し、起こりうる症状に対して先回りして備えることも重要です。確かな臨床スキルが患者さんの身体的な安寧を確保し、ひいては精神的な平穏にも繋がるということを忘れてはなりません。
多職種連携を密に行う
終末期ケアは、看護師一人の力で完結するものではありません。医師や薬剤師、理学療法士、作業療法士、医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャー、管理栄養士、介護スタッフなど、各専門職がそれぞれの専門性を発揮し、チームとして患者さんを支えています。
看護師にはチームの中心的な役割を担い、各職種との情報共有や意見調整を円滑に行うコーディネーターとしての能力が求められます。患者さんに関する情報を集約し、ケアプランに反映させ、チーム全体が同じ目標に向かって進めるよう、日頃から密なコミュニケーションを図ることが重要です。
患者さんの意思を尊重する
終末期におけるケアの主役は、あくまで患者さん自身です。どのような医療やケアを受けたいか、人生の最期をどこで、どのように過ごしたいかといった自己決定権を最大限に尊重することが、終末期ケアの基本理念となります。
看護師には、患者さんが十分な情報に基づいて自らの意思を決定できるようサポートすることが求められます。また、患者さんの意思が、医療チーム全体で共有・尊重されるよう働きかける重要な役割を担っています。
患者さんや家族の精神的ケアを行う
終末期は患者さん本人だけでなく、その家族にとっても非常につらく、精神的に不安定な時期です。看護師には、患者さんと家族の両方に対して、精神的な支えとなる役割が期待されています。不安や悲しみ、後悔といった複雑な感情を抱える家族の話に耳を傾け、その思いを受け止めることで、家族の心の負担を和らげるのです。
また、患者さんの死後には、残された家族が過度な悲嘆に陥らないよう「グリーフケア」を行います。患者さんやその家族を支えるためにも、看護師には深い共感力とコミュニケーション能力が不可欠といえるでしょう。
まとめ
終末期とは病気の回復が難しく、残された時間が限られていると判断された時期のことです。終末期ケアは身体的な苦痛を和らげるだけでなく、精神的・社会的な側面も含めて全人的に患者さんとその家族を支える奥深い看護実践といえます。看護師には高度な知識や技術と共に、患者さんの意思を尊重する倫理観や心に寄り添う共感力が不可欠です。
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