• 2022年9月29日
  • 2024年1月26日

看護で聞かれる「アドボカシー」とは? 4つのモデルと遂行のポイント

 

アドボカシーとは、権利擁護・代弁などの意味を持つ言葉です。この言葉は、主に政治経済・社会制度へと影響を与えるための活動を指すときに使われます。医療現場では「患者さんの権利を守る」という意味で用いられることが多く、医療従事者として理解しておきたい概念です。

この記事では、看護におけるアドボカシーの概要と、看護アドボカシーの4つのモデルについて紹介します。医療現場で働く看護師さん、あるいはこれから看護師を目指す方は必見です。

看護におけるアドボカシーとは?

看護におけるアドボカシーとは「患者さんの権利擁護」を意味する言葉であり、患者さんの安全や医療の質の保証などに関係する概念です。患者さんの自由な意思決定を支援するためにも、それぞれの治療におけるメリットだけでなく、リスクも理解できるように十分な情報を伝えることが重要となります。

アドボカシーが注目されている背景には、1960年代にアメリカで起こった患者さんの権利運動や、医療現場におけるインフォームドコンセントの導入と定着などがあげられます。1970年代後半までには、患者さんを最優先に考える看護アドボカシーが広く認められるようになりました。その後日本でも、1988年に日本看護協会「看護師の倫理規定」のなかではじめて「患者さんの権利擁護」に関する文言が明記されました。

現在では、看護倫理において、アドボカシーの理解は必要不可欠であると考えられています。医療者として、患者さんと信頼関係を結ぶ際にも重要な概念であるため、きちんと理解しておきましょう。
(出典:国立研究開発法人科学技術振興機構 J-STAGE「アドボカシーは看護者の役割か」

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看護師が押さえたい「擁護されるべき患者さんの権利」

擁護されるべき患者さんの権利は、良質の医療を受ける権利、選択の自由の権利、自己決定の権利などさまざまです。リスボン宣言より、患者さんの権利について一部抜粋して紹介します。

1.良質の医療を受ける権利
a. すべての人は、差別なしに適切な医療を受ける権利を有する。

b. すべての患者は、いかなる外部干渉も受けずに自由に臨床上および倫理上の判断を行うことを認識している医師から治療を受ける権利を有する。

c. 患者は、常にその最善の利益に即して治療を受けるものとする。患者が受ける治療は、一般的に受け入れられた医学的原則に沿って行われるものとする。

d. 質の保証は、常に医療のひとつの要素でなければならない。特に医師は、医療の質の擁護者たる責任を担うべきである。

e. 供給を限られた特定の治療に関して、それを必要とする患者間で選定を行わなければならない場合は、そのような患者はすべて治療を受けるための公平な選択手続きを受ける権利がある。その選択は、医学的基準に基づき、かつ差別なく行われなければならない。

f. 患者は、医療を継続して受ける権利を有する。医師は、医学的に必要とされる治療を行うにあたり、同じ患者の治療にあたっている他の医療提供者と協力する責務を有する。医師は、現在と異なる治療を行うために患者に対して適切な援助と十分な機会を与えることができないならば、今までの治療が医学的に引き続き必要とされる限り、患者の治療を中断してはならない。

2.選択の自由の権利
a. 患者は、民間、公的部門を問わず、担当の医師、病院、あるいは保健サービス機関を自由に選択し、また変更する権利を有する。

b. 患者はいかなる治療段階においても、他の医師の意見を求める権利を有する。

3.自己決定の権利
a. 患者は、自分自身に関わる自由な決定を行うための自己決定の権利を有する。医師は、患者に対してその決定のもたらす結果を知らせるものとする。

b. 精神的に判断能力のある成人患者は、いかなる診断上の手続きないし治療に対しても、同意を与えるかまたは差し控える権利を有する。患者は自分自身の決定を行ううえで必要とされる情報を得る権利を有する。患者は、検査ないし治療の目的、その結果が意味すること、そして同意を差し控えることの意味について明確に理解するべきである。

c. 患者は医学研究あるいは医学教育に参加することを拒絶する権利を有する。

(引用:日本医師会「患者の権利に関するWMAリスボン宣言」

患者さんの権利を擁護するためには、上記を含めた宣言の理解が必要です。すべての患者さんがアドボカシーの対象であると認識し、日々の仕事のなかで積極的な支援を提供することが看護師の役割です。

看護アドボカシーの4つのモデル

看護アドボカシーの4つのモデル

看護アドボカシーには、次の4つのモデルがあります。

  • 人間尊重モデル
  • 実存的モデル
  • 機能的モデル
  • 文化間の橋渡し役モデル

「看護アドボカシーとは具体的に何をすることなのか」を考えるためには、4つのモデルについて理解することが重要です。ここでは、それぞれのモデルの概要や問題点について紹介します。

人間尊重モデル

人間尊重モデルには、次の2つの特徴があります。

  • 看護とは「道徳的わざ(moral art)」を行うことであり、その哲学的基盤にアドボカシーを置く。
  • 「同じ人間に対して行うこと」という前提がある。

人間尊重モデルでは、看護師も患者さんも同じ人間であると理解することが大切です。看護の知識やスキルを取得し適用することは、道徳的行為そのものだと考える必要があります。

患者さんを人間として尊重するためには、病気の症状により本人の人間性がどのように傷つくのか理解することが重要です。患者さんの状況を理解する際の観点として、人間尊重モデルでは次の4つを重視しています。

  • 自律性・独立性の喪失
  • 行動の自由の喪失
  • 意思決定能力の干渉・妨害
  • 他者の管理下に自分自身が置かれること

注意点として、人間尊重モデルでは、看護師の人間性に期待する面が大きい点が指摘されています。看護師の独善に陥るリスクもあることは、事前に理解しておくべきでしょう。
(出典:足立智孝 麗澤大学紀要第91巻「看護アドボカシー概念の検討」

実存的モデル

実存的モデルとは、自己決定する自由が最も基本的かつ価値のあるものであるという原則に基づいたモデルです。看護師には、患者さんの希望に沿い、望みを推定するのではなく、患者さん自らが自己決定する自由を正しく行使できるような支援が求められます。

自己決定を行う場合、「本当に自由を行使して意思決定するとはどういうことか曖昧である」点が問題としてあげられます。何がしたいのかが明確ではない患者さんに対して、看護師が容易に患者さんの意思を操作する、あるいは強い影響を及ぼして誘導するリスクがあることには注意が必要です。
(出典:足立智孝 麗澤大学紀要第91巻「看護アドボカシー概念の検討」

機能的モデル

機能的モデルは、アドボカシーのリスクを承知したうえで、看護師にとってより実践可能な処置方法や看護技術を示したものです。

機能的モデルに基づく看護師の役割は「患者さんに情報を提供すること」「患者さんを支援すること」の2つです。患者さんを客観視した関わり方をすることが求められるモデルといえるでしょう。

看護師には、人間関係・社会秩序に基づく幅広い知識の取得や、患者さんに対して偏見のない情報を提供することが求められます。
(出典:足立智孝 麗澤大学紀要第91巻「看護アドボカシー概念の検討」

文化間の橋渡し役モデル

文化間の橋渡し役モデルは、患者アドボカシーにおけるキャリアの根拠の1つとしてあげられます。看護師はアドボケイトするのに有利な位置にいて「機能的・時間的な立場での調停役である」という考えをアドボカシーと結びつけたものです。

患者さんの日常における文化システムと、医療供給システムの間には差異があり、調停者としての看護師による説明が必要となります。患者さんのカルチャーショックによる不安や心配をなくすためにも、看護師が2つのシステムを仲介する架け橋的な存在として対応することが重要です。
(出典:竹村節子,大阪大学学術情報庫「医療における患者アドボカシー : 看護師の役割に影響を与える要因の検討」

看護アドボカシーを実践するには?

看護アドボカシーを実践するには?

看護師は、医療現場で患者さんの権利と健康を守るため、アドボケーターとして重要な役割を果たす存在です。

Walker&Avantの手法が用いられた分析によると、看護アドボカシーには6つの属性があります。それは「伝える」「保護する」「支える」「エンパワーメントする」「仲裁する」「調整する」というものです。これらの属性を活かし、看護師は患者の声を代弁して必要なケアを提供し、健康の回復を支援します。
(出典: 高知大学看護学会誌「看護における「アドボカシー」の概念分析」

以下では、6つの属性がどのように実践されるかを見ていきましょう。

必要な情報を伝える

看護アドボカシーで重要なのは、患者さんとそのご家族へ必要な情報を提供し、治療に関する理解を促すことです。医療現場の現状として、患者さんやそのご家族が医学的な情報や意味を理解できない、あるいは納得し切れないまま、医療が提供されるケースが珍しくありません。

しかし、患者さんが医療を受ける際には十分な情報が必要であり、不足すると治療への不安やリスクが増加します。看護師は適切な情報を伝えることで、患者さんやご家族と医療職が互いに信頼し合い、納得して意思決定を行えるようサポートします。これはインフォームドコンセントの一環で、患者さんの知る権利や自己決定権を尊重するために不可欠です。
(出典:日本看護協会「インフォームドコンセントと倫理」

権利を守る

看護アドボカシーでは、患者さんのさまざまな権利を守ることもポイントです。患者さんには、良質で公正な医療を受ける権利、治療方法を自ら選択する権利、自分の人格や価値観を尊重される権利があります。また、医師や病院の自由な選択や、セカンドオピニオンを求める権利も大切です。看護師には、患者さんの権利を尊重し、意思決定を支える役割が求められます。

患者さんのプライバシーや個人情報を保護するのも重要な役割です。看護師は、患者さんの情報を扱う際、倫理的な配慮と秘密保持を徹底し、患者さんの尊厳を守る必要があります。SNSなどで情報を共有する際にも、個人情報やプライバシーに関わる内容には慎重さが求められます。患者さんの権利と尊厳を守るのは看護師の責任であり、その実践は看護の質を高めるために必要です。
(出典:日本看護協会「個人に関する情報と倫理」

意思決定を支える

患者さんやご家族の意思決定を支えるのは看護師の役割であり、患者さんの尊厳と権利を守るために大切な看護アドボカシーです。特に緊急かつ重大な医療決定が必要な場合、患者さんは自ら意思を伝えるのが困難な状況に陥るケースが少なくありません。看護師は事前に表明された患者さんの意思やご家族の代理決定を尊重し、つつがなく遂行されるよう支援する立場です。
(出典:日本看護協会「意思決定支援と倫理(1)代理意思決定の支援」

また、超高齢社会においては、高齢者の意思決定を支援する重要性も高まっています。加齢や認知症により判断能力や言葉にする機能が低下している状態でも、安心して自らの希望を伝えられる環境作りが必要です。看護師は、本人の意思を確認しつつご家族やほかの専門職と連携しながら、患者さんの人生や価値観に基づいた意思決定を支援します。
(出典:日本看護協会「意思決定支援と倫理(2)高齢者の意思決定支援」

患者さんやご家族に働きかける

看護アドボカシーでは、患者さんやご家族が自らの健康や治療について積極的に関与し、セルフマネジメントを行えるよう働きかけることも大切です。従来の看護師が主導していた援助から、患者さん自身が主体的に行動するスタイルへの変化が求められています。看護師には、患者さんが自主的に治療や健康増進を行うために必要な知識や技術を提供し、環境を整えることが求められます。

たとえば、患者さんが自分自身で目標を設定して問題解決の過程に参加し、行動の主導権を持てるようサポートします。患者さんが自らの問題点や解決策を考え、失敗や成功から学ぶことで、より高い自己管理能力を身につけることが可能です。看護師は傾聴や共感を通じて信頼関係を築き、患者さんの意欲を高めるための援助を行います。

患者さんや周りの方の仲裁をする

患者さんと医療チームとの間に立ち、意思疎通を円滑にする役割を果たすのも、看護アドボカシーの要素です。看護師は患者に寄り添い、信頼関係を築くことで、患者さんの声を医療チームに伝え、また医師の説明を患者さんが理解しやすくする役割を担います。

たとえば、医師からの治療説明の際、患者さんが持つ疑問や不安を素早く察知し、質問を促して患者さんの理解を深める手助けをします。治療のメリットやリスク、完治後の生活における制限など、多角的な視点から情報を提供できるのは、看護師ならではです。しかし、看護師自身の考えを押しつけることなく、患者さんの自己決定権を尊重し、サポートする姿勢が求められます。

多職種間で調整をする

多職種で構成されたチーム内でのコミュニケーションを促進し、患者さん中心のケアを実現するために調整するのも看護アドボカシーの1つです。現代の医療では、医師や看護師だけでなく、薬剤師や理学療法士などさまざまな職種が関わります。これらの職種はそれぞれ異なる倫理綱領に基づいて思考・選択しており、患者さんとの関わり方も多様です。

看護師は、専門職ごとに異なる価値観や意見を理解し、患者さんやご家族の希望に沿ったケアの提供が優先されるよう努めます。たとえば、患者さんの利益となる最善の解決策や結果を導き出せるよう、多職種間での意見の相違や対立を解消し、協力関係を築く架け橋として日々動きます。
(出典:日本看護協会「多職種連携と倫理」

看護におけるアドボカシー遂行のポイント・課題

看護におけるアドボカシー遂行のポイント・課題

看護におけるアドボカシーを遂行する際には、患者さんの「自己決定」について慎重に考える必要があります。自律的に意思決定できる人間であったとしても、患者さんが心の底から納得した「本当」の意味での自己決定になっていないケースもあるためです。

患者さんのなかには、家族との関係性を優先して、自分の気持ちを必ずしも強く表明しない人も多くいます。患者さん本人の価値観ではなく、家族の意向を反映した治療方針を選択する人も少なくないでしょう。代弁者として患者さんの本心を家族に伝えるのか、あるいは「家族との関係性を大事にしたい」という患者さんの意思を尊重するのか、看護師自身が選択する必要があります。

看護におけるアドボカシーを遂行する際には、患者さんに寄り添いながらケアをすることが必須です。患者さんの自己決定が本心によるものかどうかは、他者である看護師には判断しにくいこともあるでしょう。患者さんに寄り添い、家族との関係性にも配慮しながら、誰に対してのアドボカシーなのかを考えることが重要です。

アドボカシー以外に押さえておくべき看護師の倫理的概念

アドボカシー以外に押さえておくべき看護師の倫理的概念

看護師が働くうえで、アドボカシーは重要な倫理的概念の1つです。患者さんの権利を守り、その声を代弁する役割を果たすには、倫理的な判断力が必要です。しかし、看護師の役割はアドボカシーだけにとどまりません。責務・協力・ケアリングなど、ほかにも多くの倫理的概念があります。

ここでは、看護実践の責務とケアリングについて解説します。

看護実践の責務

看護師の責務は、法的責務と道徳的責務の2つに大別されます。

法的責務とは、法律によって定められた義務です。看護師には医師の指示のもとで看護業務を行い、患者さんの秘密を守り、看護に関する知識と技術を習得し継続的に向上させ、ほかの保健医療職と連携する義務があります。

道徳的責務は、法律としての定めはないものの、看護師として守るべき原則です。「看護職の倫理綱領」では、健康の増進や疾病の予防、健康の回復、苦痛の緩和などが基本的責任とされています。また、患者さんの尊厳や意思の尊重、権利擁護、プライバシー保護、安全確保などが求められます。

法的責務と道徳的責務は、看護師が看護実践を行ううえで常に意識すべきものです。法的責務を果たすことは看護師としての最低限の義務であり、道徳的責務を果たすことは社会的責任です。看護師には、患者さんの生命や健康を守るために、2つの責務を果たしながら看護実践にあたることが求められます。
(出典:日本看護協会「看護職の倫理綱領」
(出典:日本看護学校協議会共済会「看護師の業務と法的責任 ― 行為者の責任と指導者の責任 ―」

ケアリング

看護におけるケアリングは、看護師と患者との関わり方を示す概念です。ケアリングでは、看護師からの単なる一方的な援助ではなく、患者さんとの間に築かれる相互的な関係性に基づいた、両者の経験の共有や心からの理解を重視します。

看護師が患者の尊厳を守り、気づかいや配慮を持って接すると、患者には安らぎや癒し、成長の機会などがもたらされます。また、この過程は看護師自身の人間的成長にも寄与し、双方にとって意義深いものとなるでしょう。ケアリングは、看護師と患者が互いに影響を与え合いながら、ともに成長できる関係を築くことを目指す理念です。
(出典:徳島大学医学部保健学科・大学院保健科学研究科「看護におけるケアリングとしての技術力」
(出典:日本看護協会「看護にかかわる主要な用語の解説」

まとめ

看護におけるアドボカシーとは「患者さんの権利擁護」に関係する概念です。看護を実践するうえでは、アドボカシーの4つのモデルについて理解を深めて、患者さんに寄り添うことが重要になります。

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※当記事は2023年12月時点の情報をもとに作成しています

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