「病院看護」と「訪問看護」は、まったく違う世界ではないにせよ、一方から他方へ移って働くにはちょっとした勇気が必要です。しかし、これからの時代、両者の間で活発な人材交流が起こることで、看護師自身にも患者さんにとっても良い変化がもたらされるかもしれません。ここでは、がん研有明病院から出向看護師としてケアプロ訪問看護ステーションに2年間勤務した秋山愛さんに、出向に至るまでの経緯や訪問看護の実践について伺いました。さらに、出向先の管理者である金坂宇将さんに、看護師出向制度の意義について語っていただきました。
お話を伺った方々
秋山愛さん
がん研有明病院/ケアプロ訪問看護ステーション東京
金坂宇将さん
ケアプロ株式会社在宅医療事業部事業部長 ケアプロ訪問看護ステーション東京管理者
地域医療のことをもっと知っていたら……
私は若いうちにクリティカルケアを学びたかったので、専門学校を卒業後、まずは外科病棟で働き始めました。その後、循環器、心臓血管外科、HCUといくつかの領域で経験を積みましたが、入職して6年目、一つの転機が訪れました。テレビドラマ「コード・ブルー」の影響を受けて救命救急の世界に魅了され、その分野に強い医療機関への転職を思い立ったのです。幸い、当時の師長から関連病院への転勤を勧めていただいたので、地方から都会へ移り住み、転勤先のERで心機一転となりました。
そこでの業務は楽しかったですが、もちろん挫折もありました。前の職場ではリーダー業務や師長代行などを任されていたこともあり、それなりに対応できるだろうという自信があったのですが、心肺停止の患者さんが搬送されてきても最初は何もできず、現場の医師から「できないなら、あっちへ行って」と言われることもありました。厳しさを感じつつも、命を扱う現場であることを再確認し、一つひとつ学んでいきました。そうしているうちに、重症の患者さんが運ばれてきたときに「秋山さんを呼んできて!」と指名されるまで成長できたのです。努力が評価されるのはとてもうれしく、やりがいにつながっていました。
看護師になって10年目、ERで働くうちに「地域医療の現場の様子を見てみたい」という思いが芽生えるようになりました。看護師が病院で接することができるのは、患者さんの人生のごく一部にすぎません。「患者さんはご自宅ではどう生活しているのだろう」「病院以外で看護師はどう働いているのだろう」――。そうしたことを知ってみたいという探求心から、夜勤専従をしながらデイサービス、老人ホーム、訪問入浴、クリニックなど複数の現場を経験するという1年間を過ごした後、がん研有明病院に転職しました。
その後、がん研有明病院からケアプロへ出向する制度に手を挙げたのは、やはり地域医療や介護の現場を垣間見たことが影響しています。「私が地域医療についてもっと知っていたら、最期の迎え方が変わっていたかもしれない」と思わずにはいられないケースをいくつか経験し、そのことがずっと気にかかっていたのです。
例えば、終末期のやせ細った患者さんが救急搬送されたとき、挿管や心臓マッサージにより肺血腫になったり肋骨がぼろぼろになったりするケースがありました。もし、最期の看取り方を事前に話し合っていたら、こうしたことにはならなかったかもしれません。また、訪問看護ステーションなどのサポート体制を整えていれば、病院で亡くなる前に一度は帰宅できたかもしれないというケースもありました。できなかったこと、やり残したことが棘のように心に刺さっており、私に出向を決意させたのだと思います。
訪問看護での葛藤と学び
訪問看護の世界に入ってみると、病院時代との違いに戸惑うことが多々ありました。特に印象に残っているエピソードが2つあります。
1つ目は、患者さんの生活を制限すべきかどうか葛藤したケースです。その患者さんは余命半年でしたが、それをできるだけ延ばそうと思えば食事やアルコールの制限が必要となり、それを本人が守れるようにご家族にもお話ししていきます。しかし、せっかくご自宅に戻って自分らしい最期を過ごせる状況だったので、生活を制限すべきなのか、それとも本人の好きなように過ごしてもらうべきなのか悩みました。それを考える上では、本人だけでなく、ご家族の思いにも向き合う必要があります。そこで、本人、その奥様、主治医などの関係者を交えて話をする場を設け、私は調整役として関わった結果、全員が相互理解の上で納得できる結論にたどり着くことができました。この過程の中で、患者さんと奥様の関係性がより良いものになっていったという実感もあり、最終的には訪問看護師として満足できる関わりだったように思います。
2つ目は、告知のあり方について学んだケースです。患者さんの余命が短い場合、病院では本人やご家族から心肺蘇生の希望の有無を聴取します。医療従事者の動き方を確認する意味もあってのことです。ところが、このケースでは「どうしても告知しないでほしい」という旦那さんの強い意向があり、本人にだけ余命を伝えていませんでした。とはいえ、本人は自身の状態や家族の思いに気付いていたのかもしれません。最期まで希望を捨てず闘病し、「ありがとう」と周囲に伝えながら旅立ちました。ご家族はとても葛藤したと思いますが、本人の性格やご家族との関係性、サポート体制などはケースバイケースで、「何が何でも本人に告知すればいいというわけではない」という新しい価値観に触れました。
訪問看護師は「人生の伴走者」
訪問看護で必要なスキルについては、これまで身に付けてきたものを生かした部分と、新たに学んだ部分があります。身に付けておいてよかったスキルの一つは、静脈ルートの確保です。病院で多くの患者さんに実施していたので、難易度の高い血管でも成功させることができました。また、ケアプロの訪問看護ステーションは24時間365日対応なので、緊急性や重症度を見極めるフィジカルアセスメントをはじめ、咄嗟の事態にも対応できるスキルを身に付けていたことも役立ちました。
一方で、新たに学んだスキルの一つが、リモートでの情報共有・相談です。訪問看護の現場には自分一人しかいないので、病院のように「ちょっと一緒に見てほしい」ということが難しく、初めはそこが不安でした。しかし、例えば患者さんの足のむくみやCVポート部の発赤などについて確認したいことがあれば、その場で撮影した画像を他のスタッフに送って相談できるシステムが整っており、「すべて一人で抱え込む必要はない」と感じながら安心して働くことができました。また、うまく距離感を取るコミュニケーション方法も学びました。患者さんのプライベート空間であるご自宅に入り、ご家族とも関係性を築いていくとなると、付かず離れずの距離感を保つことが大切です。訪問看護の経験を積むことで、病院時代とは違ったコミュニケーション能力が身に付いたと思います。
訪問看護は、患者さんやそのご家族と人生を共にする伴走者、あるいは応援団のような素晴らしい仕事です。しかし、訪問看護に興味があっても、「自分のスキルに自信がない」「未知の領域で飛び込みづらい」と尻込みする人は多いかもしれません。何をするにせよ不安はあるものですが、「訪問看護をやってみたい!」という思いからすべてが始まると思います。そして、ケアプロは教育制度がしっかり整っているので、手厚いサポートの下で成長できることを、私自身経験させていただきました。
出向期間が終わり、病院に戻ってからの部署はまだ決まっていませんが、ケアプロでの経験を生かして「病院と在宅の架け橋」になりたいと思っています。例えば、病棟看護師に「在宅のリアル」を伝えることで、患者さんの退院支援を今までより充実させることができるかもしれません。出向というかたちで貴重な経験をさせていただいたケアプロの皆様とがん研有明病院に、とても感謝しています。
【管理者インタビュー】出向を受け入れる側にも確かなメリットがあった
金坂宇将さん
ケアプロ株式会社在宅医療事業部事業部長 ケアプロ訪問看護ステーション東京管理者
病院と訪問看護ステーションの間で看護師の行き来があることは、これからの時代のあり方を考えたとき、非常に意義のあることだと思います。今回のような出向制度を活用すれば、病院看護では学び切れないことを訪問看護の現場で学び、病院に持ち帰ることができるはずです。
秋山さんを迎え入れるにあたっては、お互いが納得できる2年間になるよう意識しました。そのため、一般採用と同じように面接し、お互いのミスマッチを防ぐために当社の理念や思いにマッチするかどうか事前確認しました。そして、入職後は当社オリジナルの教育ラダーに沿って訪問看護師としての育成を進めていきました。「こういう事例を経験したい」といった秋山さんの希望もそのつど確認しました。その希望がすべてかなうわけではないですが、当社の判断や現場のタイミングがそろったときは柔軟に対応しました。
秋山さんが来てくれたことで、当社のスタッフが成長した面もあります。病院看護師としての知識や技術を教えてもらうだけでなく、さりげなくスタッフと管理者の間に入り組織の潤滑油のような役割も担ってくれました。この出向が本当に成功したかどうかは、秋山さんが病院に戻った後の様子を見て初めて評価できるものなので、その後の活躍ぶりを楽しみにしているところです。
取材・文/ナレッジリング 中澤仁美
撮影/高嶋 一成[colors]
(会社紹介)
ケアプロ訪問看護ステーション東京
「在宅医療の課題を解決し、“私らしくいきたい”を支える社会を創造する」という理念を掲げながら、24時間365日絶えず質の高いサービスを提供し、利用者が求める多様な生活の実現を目指す総合訪問看護ステーション。教育体制やフォロー体制が整っているため、訪問看護未経験の人でも安心して働ける職場環境だ。
所在地(本社):東京都中野区中央3-13-10 JOY HAYASHI 3F
TEL: 03-5389-1212
URL:https://carepro.co.jp/
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